
冬の乾燥対策にはダンピット。
ヴァイオリンなどの弦楽器奏者なら、多くの人が気を付けているのが乾燥による楽器のひび割れ。ダンピットという水分を含んだ細いゴム製のチューブを楽器の中に入れ、乾燥による楽器の割れを防ぐ。
しかし、梅雨から夏にかけての湿度対策について知っている人はどれくらいいるだろうか?今思えば、わたくし霧立灯も湿気対策は不思議なくらい無頓着だった。
ネックが曲がる!
ユウ(10歳)のヴァイオリンの弓の毛替えが必要になったので、都内の某ヴァイオリン工房を訪ねてみた。ヴァイオリンケースを開けるなり、職人さんのこの一言。
「ああ、曲がっちゃってるね」

「えええー?!な、何が、曲がってるんですか?!」と驚愕して尋ねると、ネックの部分が反り返っているのだという(素人の霧立には分からない)。
「これじゃあ弾きにくいでしょ?見て、ここ。」
指さされた部分を見ると、確かに指板と弦の幅が広い。そういえば、ユウが時々「弦を押さえると、指が痛い」と言っていたのを思い出す。「もっと練習して慣れれば痛くないよ。大丈夫!」なんてテキトーなことを言っていた。
と、同時に自分のEttore Siega氏(←愛人ではないです。霧立のヴァイオリンです)のことが頭によぎった。
「えええーっ!あ、じゃあ私のヴァイオリンも曲がってるってことだ!どうしよう…。この安いヴァイオリンならまだいいんです!いやあ、どうしようっ!イヤだ―!!」
頭をかかえ、一人工房でショックのあまり狼狽する霧立。無言で見守る職人さんたち…。
「冬の乾季になったら、その曲がってしまった部分は元通りにならないのでしょうか?」と聞いたが、一度曲がってしまったものは元には戻らないという。
確かに、最近Siegaが弾きにくいなあと感じていた。以前は、弾くだけでヴァイオリンがどう弾けばいいのか霧立に教えてくれた。「私の先生はSiega。」そう言えるほどいい音がした。鳴らなくなったのは、夏の湿度のせいだと勝手に思っていた。
ちなみに、このネックが曲がる症状を「ネック下がり」と言うらしい。
1、乾燥剤を入れる
その職人さんによると、梅雨の始まる6月から9月くらいまでは乾燥剤を入れることが必須だという。「あんまり、みんな知らないんだけどねー」と職人さん。
ちなみに工房で販売されていた乾燥剤は「ドライフォルテ」。3つ入りで1,000円ちょっと。たかが1,000円でネック下がりを防げるのなら、ボンボン入れますよっ!!と意気込む霧立。
でもまあ実際には、6月に1個、7月に1個追加、8月に1個追加、というペースでいいらしい。「交換ではなく、追加」ということだから、8月にはヴァイオリンケースの中には、3袋もドライフォルテがゴロゴロと入っていることになる。
(なんか邪魔そう…)
ケース内にスペースがあることは大事なことでもあるので、あまりにぎゅうぎゅうになるくらいなら、「追加」ではなく「交換」にした方がいいのかもしれない。
2、弦をゆるめる
弾き終わった後に弦を半音ほど緩めておくことも効果的とのこと。毎日弾かない人は、もっと下げてもOK。結局、弦が何十キロもの力でネック部分に圧力を加えていることが問題なのだ。
昔はガット弦を使っていたため、弦がよく切れた。そのことで、ネックは弦の張力から解放され、結果としてネック下がりを防いでいたという。しかし現代の弦はすっかり切れなくなったので、それが災いしているというのだ。
梅雨の時期は、ペグが回りにくくてバキバキになりがち。そんな時は、ペグを回す時に、いったんぐっと外側に引き出して、音程を合わせる時にあまり内側に押し込まないようにする。
3、毎日弾く!
ケースから楽器を出して、毎日弾くことで楽器内の空気が入れ替わるため、湿度対策になる。ドイツ・ヴァイオリン製作マイスターの佐々木氏によれば、毎日弾いていれば、乾燥剤など要らないということだ。
しかし実際、ユウのヴァイオリンのネックが下がってしまったことを考えると、やはり乾燥剤も入れる(そして、1月ごとに交換する)ことは意味のあることだと思う。
また、佐々木氏は梅雨の時期は湿度よりカビの方が深刻だとし、練習後に毎回乾いた布で楽器を拭くことも大事だと指摘する。指板、顎あてなどの汗を清潔な布でしっかりふき取ることで、カビの発生も抑えられる。
ネックが曲がってしまったら…
「でも、もう曲がっちゃったよ~!(泣)」という場合。
絶望することはないらしい。「曲がったものは直せる」と職人さん。修理費用は、10万円くらいとのこと。イタタタタ…(軽い絶望)。
「みなさん乾燥対策はしているけど、湿気対策はしてないね。ネックを治すのにはかなりお金がかかっちゃうんですよ。いい楽器ほど曲がる。だから私はプロには言わないよ。ショックで大変なことになるか、怒るかどちらかだから。」
「はあ、確かに…。」とユウの安い楽器に目を落とす。「でも、何にも言わないでそのままで楽器は大丈夫なんですか?」と聞くと、「ま、音は悪くなる。その楽器が持っている最高のポテンシャルは出せなくなりますよ。楽器は製作者が全部計算して作ってっから。」
それは、霧立にもよく分るような気がした。1ミリ魂柱を動かすだけで、まったく楽器が変わったようになることを、経験してきたからだ。
いい楽器を持っているのに、そのポテンシャルを十分に引き出していないまま弾くなんて、もったいない話だ。いくらかかるか分からないけれど、次はSiegaを見てもらう、と思った。
ユウの楽器は、あと1年くらいでフルサイズに移行できるから、ネックの修理はしないことにした。その代わり、駒の高さを下げることで、指板に対してちょうどよい弦の高さになるように調節してもらった。
これは、ベストな方法ではなく応急処置と聞いていたのだが、家に帰って弾いてみて本当に驚いた。楽器が全く別物のように鳴るようになったのだ!
確かに最近、弦を張り替えた。そして、弓の毛替えもしてもらった。でも、指板に対して弦の高さがちょど良くなったことで、指運びがずっと楽になり、音も鳴るようになった。
楽器の調整って、大事だなあ~と再認識した。それから、気候に合わせて自分で楽器をいたわることも大事!
冬の乾燥には、ダンピット!
夏の湿気には、ドライフォルテ!
みなさん、ベストな状態で楽器を楽しめますように。定期的にチェックをしてもらうことで、状態の悪いところをより少ないコストで直すことが出来ます。健康診断と同じですね。