「ヴァイオリンなんて自分と関係ないわ」と大半の人は思っていることだろう。ましてや「弓ぃ?あんな木の棒きれについて何を書くんじゃい?」と思われるだろう。
しかし、ヴァイオリンの世界は奥が深い。霧立のように人生のほとんどをヴァイオリンと過ごしてきた人間にとっても楽器の世界は未知の連続。「こんな世界もあるんだ!」といういことをお伝えしたい。
この記事は、
- ヴァイオリンの弓を買い替えたいと思っている人
- 音楽に興味がある人
- 古いもの、人間の手によって作り出される芸術品に興味がある人
におススメです。
ヴァイオリンの弓選びで知っておくべき基本
ヴァイオリンと弓は別売
霧立は昨年(2018年)春に、新しいヴァイオリンを買った。それは、一生のパートナーを探すようなもので、ワクワクするけれど精神的にもとても大変なプロセスだった。
5か月以上かけて50本近く弾いて、「自分の一本」を選び出した。最終的に決断し購入したときは、嬉しいというより、もうクタクタだった。
「ヴァイオリン買ったなら、弓も付いてきたんでしょ?」と思う人も多いだろう。ところがどっこい、ヴァイオリン本体と弓は別売なのである。
しかも、ヴァイオリン製作者と弓の製作者は別々なのである。ごくまれに、ヴァイオリンと弓を両方手掛けた製作者もいたそうだが、両方で成功した人など聞いたことがない。
見ているだけで惚れ惚れしてしまうヴァイオリンと違って、弓は一見「ただの棒」(”Bow” in English!)かもしれないが、とても奥が深くマイスターによる精巧な芸術作品なのである。
弓の材質
ペルナンブーコ
ヴァイオリンはもともとイタリアで生まれ。17世紀~18世紀、アマティ、ストラディバリウスやグァルネリという巨匠によりクレモナで黄金期を築いた。その後も、クレモナからヨーロッパ各地にその技術が伝播された。
しかし!弓で使われている木材、ペルナンブーコ(Pernambuco)は、なんと南米の熱帯雨林で育つ木なのだ。特にブラジルはその産地として有名で、「ペルナンブーコ州」という名前の地域がある。
ヨーロッパで発達してきたヴァイオリンという楽器の相棒(弓)が、実は地球の裏側の熱帯の国出身だったとは、とても面白い。
ただ、残念なことにペルナンブーコの木が年々減ってきているために、ブラジル政府は輸出に厳しい制限をかけている。そのため、将来的には手に入らなくなるかもしれないと言われていて、ペルナンブーコの弓の価格も上昇してきている。
そのため、20年頃前からペルナンブーコの代わりにカーボン・ファイバーを使った弓が出回るようになった。霧立も友人が使っていたいので、試させてもらったことがある。こしのないペルナンブーコ弓よりはまだ良かったが、人工的な弾力感があまり好きになれなかった。
弓の毛
ヴァイオリンの弓の毛は、馬の尻尾の毛である。次のような寒い場所で育った馬ほど、尻尾の毛が太く丈夫で弓に適している。
- シベリア
- モンゴル
- カナダ
「弓には純白な毛がよい」というのは誤解。純白にするために漂白されたものもあるが、毛が痛むためもろい。プロはまず選ばないという。
実際には、アイボリーから若干黄色がかったものがよいとされている。
調べたところ、この毛は(一部の中国産のものを除いて)生きている馬ではなく、食肉用に屠殺された馬から取られているという…。
(結構げんなりする話だ。毛ぐらい、生きた馬から頂戴しているのかと思っていた。)
弓の本家はフランス?
昔から「ヴァイオリンといえばイタリア!」と信じれれてきた(これは今や必ずしも真実ではないのだが)。一方、弓はと言えばフランスと言われている。
その理由は次の二人の物だ。
トゥルテ
フランソワ・グザヴィエ・トゥルテ(François Xavier Tourte 1747 – 1835)。「弓のストラディバリウス」と言われているフランスの弓製作者。
古典的な弓のスタイルから離れ、近代的な弓を生み出した最も重要な弓製作者。ペルナンブーコの真価を見出したのも彼だと言われている。
【トゥルテの功績】
- 近代的な弓はかすかにカーブしている。トゥルテはペルナンブーコを火であぶって、反らすことを考えた。
- 弓の先端とフロッグ部分(根元)に重みを加えた。(=バランスがかなり変わった。)
- 弓を緩めたり張ったりできるネジを発明した。
トゥルテは完璧に作れなかった弓は、自分の工房から出さずに全て破壊(”destroy”!)したと言われている。彼の弓が非常に精巧なのは、こうした妥協を一切許さない完璧主義から来ているのだろう。

これがトゥルテ…なんか、「完璧主義者」のイメージと違うな…。気前のいい農家のおじさん風?
ペカット
ドミニク・ペカット(Dominique Peccatte 1810–1874)。トゥルテのスタイルを継承しながらも、弓の重みはさらに増している。
そのためヴァイオリンを鳴らす音量が増え、近代の大きなホールでの表現力に優れた弓となっている。モーツアルトの時代からベートーベン、ロマン派の時代に移ってきていることとも関係しているだろう。
ストラディバリウスがヴァイオリンの「型」を作ったように、トゥルテの弓が「型」となった。そこにほんのわずかな修正が加わり、後世の製作者に引き継がれているという。
そういう意味で、近代の弓の黄金期はフランスだったというのは間違いない。しかし逆に言えば、トゥルテの弓がその後、世界中に「型」となって広まったならば、フランス製以外でもよい弓はもちろんあるということだ。
そもそも、トゥルテとペカットの最上の弓は現在、2000万円~5000万円で取引されている。ハッキリ言って、霧立とは一生無縁の世界。(「ただの棒きれ」ではないのですヨ!)
弓とヴァイオリンの相性
さすがにトゥルテやペカットの弓は、「魔法の杖」みたいにどんな楽器からも最良の音を弾き出すのかもしれない。霧立はそんな弓には触れたことがないから、想像に過ぎないのだが。
しかし、何千万円とはいかなくとも、値段が高ければ高いほどいい音がするのか?といえばそれは”No.”である。
ヴァイオリン本体との相性があるのだ。AのヴァイオリンにはイギリスのHillの弓が良かったからといって、Bのヴァイオリンでも同じことが言えるかといえば違うのである。また、弾く人の演奏スタイルや体形との相性もある。
だから、必ず弓より先にヴァイオリンを買わないといけないのだ。弓を買ってからそれに合うヴァイオリンを探すのは、ガラスの靴に合う結婚相手を探すようなものである。
さあ、これから霧立もEttore Siega氏に合う弓探しの旅に出る。予算は£10,000(約150万円)がマックス(これで「ヴァイオリン口座」はカラッポね…)。試した弓の感想などを書いていこうと思っているので、どうぞお楽しみに!