【小学生の送迎】過保護なイギリス人と安全意識の低い日本人
イギリスで暮らすようになって驚いたことの一つは、ほとんどの小学生が保護者と一緒に登下校するということである。小学校低学年ならまだしも、高学年の子どももそうなのだ。また法律で決められているわけではないが、12歳未満の子どもを一人で家に置いていくこともはばかられる。
霧立が子供だった頃、日本では小学生になったらみんな自分たちで登下校したものだ。また「鍵っ子」という言葉があるように、共働きのうちの子どもは小さな頃から一人で帰宅して、親が帰ってくるまで留守番していることも珍しくなかった。
イギリスと日本の子どもに対する「保護」の姿勢は、このように全く違う。今日は、登下校の際、親がどこまで子どもを保護すべきなのか、といったことについて考えてみたい。
小学生の登下校の送迎の割合
現在イギリスでは、ほとんどの小学生は保護者同伴で登下校している。小学4年生(日本の3年生)までは、ほぼ100%保護者同伴だ。ある統計によると、7年生(日本の6年生)でもなんと45%の児童は保護者に付き添われている。
しかし、これはどうも最近の傾向らしい。ウェストミンスター大学の調査によると、イギリスの小学生(5歳~11歳)のうち、子どもだけで登下校する子供の割合は以下のように推移している。
- 1971年 86%
- 1990年 35%
- 2010年 25%
1970年代は、ほとんどの子どもが一人、あるいは子どもどうしで登下校していたが、近年になってその割合は激減したことが分かる。その一番の理由は「交通事故の心配」だという。
これは欧米社会全体の傾向ではない。ドイツでは保護者の同伴なしで登下校している小学生の割合は2010年で76%。また、オランダでもだいたい8歳~8歳半で一人で登下校するようになるという。
また、日本では小学生になると、初めの数週間(?)は親が付いていくケースもあるが、基本的に子どもは自分たちだけで登下校する。
イギリス人は過保護なのか?
霧立は初め、「イギリス人はなんて過保護なのか!」と正直呆れた。日本の都会の小学生は、一人で道路を横断するだけでなく、電車やバスにも乗って学校や塾に行く。(それをイギリス人の友人に言ったら目を丸くされた…。)
イギリスでは都市部を除けば、交通量は多いとはいえないし、車の運転手は歩行者に対してとても配慮する。信号がない横断歩道で歩行者が立っていれば必ず止まるし、たとえ横断歩道がない場所でも、子どもが道を横断しようとしていたら車が止まって子どもを先に渡らせるドライバーが多い。
また、学校の近くの道路は20マイル(約30㌔)の速度規制がある。車道には所々に「バンプ」(Bump)と呼ばれるコンクリートの隆起があるため、スピードは出せない仕組みになっている。
どう考えても日本よりずっと安全な交通環境。これで「交通事故が心配」って一体どういうことなのか?登下校の時間帯になると、親と子供で溢れかえる小学校は、日本人の霧立にとっては奇異なものとして映った。
しかし、イギリス人が本当に「過保護」なのかどうか、もう少しちゃんと交通事故の統計を見て調べなければならない。
交通事故の激減
これは、1979年から2013年の間の、15歳以下の歩行者の交通事故による死傷者数を示すグラフである。
驚いたことに、約30年の間に84%も事故が激減している。ちょうど小学生の登下校に保護者の同伴が増えていった推移と反比例する形で事故数は減っている。
これは、15歳以下の交通事故数の年齢別グラフである。グラフ中の”KSI”とは”Killed or Seriously Injured”の頭文字をとったもので、「死亡者、および重傷者」という意味である。
保護者の約半数が付き添いをやめる11歳に事故数は増え、中学生となる12歳は最多となっている。保護者が同伴することで、小学生の交通事故が防げていることがよく分かる。
日本の小学生の交通事故
では、日本の子どもたちの状況はどうだろうか?下のグラフによると、子どもの人口は減っているにもかかわらず、死傷者数は増えている。

交通事故総合分析センター(2005年)
また「児童・生徒の交通事故」という警視庁がまとめた次の統計資料によると、小学一年生の歩行中の死者数は6年生の8倍だということが分かる。

警察庁交通局(2018年)
また、小学生の死傷事故は登下校中が多く、中でも交差点での横断中の事故が最多であるということが分かっている。驚くのは横断歩道での事故が4割にのぼるということだ。(くわしくはこちら。)
両極端な日英
こうして統計を見てみると、イギリスの保護者が小学生の登下校に付き添うことの意味もよく分かる。登下校に付き添う保護者が増えるのと反比例して、交通事故による死傷者数は激減しているからだ。これでは一概に「イギリス人は過保護だ」とは言えない状況だ。
しかし、イギリスでは中学校に上がる12歳に死傷者数はピークになる。6歳に比べると約2倍だ。一方、日本では同じ中学1年生の死亡者数は小学一年生の1/4にまで激減している。全く逆の現象が起きているのだ。
つまり、交通事故の死傷者が一番多いのは、
- 日本では、小学校に通い出す小学一年生。
- イギリスでは中学校に通い出す中学一年生。
ということになる。どちらの国でも、親の保護を離れた年に死傷者数がピークになるのである。
いつから一人で登下校させるのがいいのか?
交通量や学校までの距離は様々だし、子どもの性格にもよる。しかし、いくら何でも小学校7年生(日本の6年生)まで付き添うのは行き過ぎだろう。一緒に歩いてくれる保護者に頼りすぎてしまい、いつまでたっても自分で安全確認するという意識が育ちにくい。だから中学生になった途端に事故にあう生徒が増える。
一方、日本では、小学1,2年生の歩行中の死亡事故が突出している。明らかに子どもだけで登下校させるのは早いということではないか?
特に日本は、交差点内での事故が最多である。日本では信号のない横断歩道に歩行者が立っていても、9割以上のドライバーは止まらない。これはイギリスではあり得ないことだ。
また、日本では、車歩分離式信号機の普及率がたったの4%であることも原因していると思う。横断歩道が青でも、左折する車が横断歩道に侵入する危険性があるからだ。
このように横断歩道を渡る時ですら安心できない日本の交差点を、低学年の子どもが保護者なしに横断するのはとても危険だ。
また、性別で見ると日本とイギリス両国において、男の子のほうが事故にあいやすいことが分かっている。自分の子どもを見ていてもそうだと思うが、男の子はよく動くし不注意になりがちだ。(女の子はマルチタスクが得意なので、おしゃべりをしていても車に注意出来るということか?)
そうすると、一般的には遅くとも9~10歳にもなれば子供だけで通学できると霧立は思う。え?遅すぎるって?そう思った人は、ぜひもう一度日英の交通事故の統計結果を比べてみて欲しい。そして、自分の地域の交通量、子どもの性格などから一番適切な年齢を考えてみることが必要だ。また、交通量の多い地点まで一緒に行って、そこから先は一人で行かせる、などやり方は色々あるだろう。
ちなみに、事故が多いのは日英ともに登校時ではなく、下校時だ。朝は気が引き締まっているが、下校時は気も緩んで友達とおしゃべりに花が咲いてしまって不注意になりやすいのかもしれない。
霧立も、今回統計を見るまでは「イギリス人は過保護!」と思っていたが、データを見ていかに自分の安全意識が低かったかということを知った。自分の経験は限られている。子どもをの安全を守るためにオープンな心で物事を見直してみる必要があると感じた。(でもまあ、実際7年生までの送迎はやっぱり「過保護」だと思うが…。)
【追記】
2019年5月28日に、川崎のカリタス小学校のスクールバスを待っていた子どもたちが殺傷されるという痛ましい事件が起こった。
交通事故ではなく、強い殺意を持った人間による凶悪事件だ。子どもには何の過失もない。保護者がいたらといって防げたかどうかは分からない。
しかし、この社会が安全ではなくなってしまったのは確かだ。これからは、危害をわざと加える人がいるということも含めて、危機に対してすぐに反応出来るように子どもに教えていかなければならないのかもしれない。
被害者となってしまった方のご家族、関係者の悼みは計り知れない。そのような哀しみの中に暮れている方々の上に、支えがありますように祈ります。