自分がディスレクシア(Dyslexia)かもしれない、と思ったのは20代になってからだ。ディスレクシアというのは学習障害の一つ。Wikipediaには次のように説明されている。
学習障害の一種で、知的能力及び一般的な理解能力などに特に異常がないにもかかわらず、文字の読み書き学習に著しい困難を抱える障害である。失読症、難読症、識字障害、(特異的)読字障害、読み書き障害、とも訳される。
霧立の場合、ごくごく軽いディスレクシアだと思う。読書のスピードも速い方だし、読み書きにも特に苦手意識はない。だから、気が付くのに遅れた。でも、次の2つだけは本当に昔から苦手。
- 知らない言葉のカタカナ表記を正しく発音する
- 聴いたことのない曲の初見
例えば、数日前まで「スニペット」は「スペックニット」だとずっと思っていた。(「スニペット」はIT用語。)
小説を読んでも、カタカナの名前の登場人物は間違った名前でインプットされているので、本の内容を人と話していてもなかなか話が通じない。
初見の曲も全く同じだ。音符が意味をもったものとして、ちっとも表れてこないという苦労がある。今日は、ディスレクシア的傾向を持っている筆者が、
- ヴァイオリンの初見のトレーニング
- ディスレクシアを持っている人が音楽とどう付き合うか
ということについて書いていきたいと思う。
初見とは?
音楽における初見(しょけん)とは、聞いたことのない曲を練習なしに、その場で楽譜を頼りに演奏したり歌ったりすることである。間違っても、最後まで一定のデンポで弾く(歌う)。
初見のトレーニング方法
新しい曲も初見で
霧立が初見が苦手なのは、ディスレクシアの問題もあるが、小さな頃からいつも耳に頼りすぎていたことも大きな原因だと思っている。
新しい曲は、先生がまずお手本で弾いてくれた。家で練習する時も、母にピアノで弾いてもらったり、カセットテープで聴いて、曲の全体像を把握してから弾く練習をしていた。フィンガリング(指番号)も母親に全部書いてもらっていた(!)。10歳くらいの時、
「いい加減に、自分で譜面を読みなさいっ!!」
と放り出された。ヴァイオリンを始めたのが4歳だったから、つまり6年間は全くといっていいほど、音符を見て弾いていなかったのである。これじゃあ、いくら何でもマズイ…。
ヴァイオリンを習いたての頃は、ヴァイオリンを正しく構えるだけで骨が折れる。正しいボーイング奏法も、無意識に出来るようなるまで時間がかかる。
しかしビギナーレベルを卒業したら、知らない曲を始める時は、下手でもなんでもいいから初見でまずは弾く練習をすべきだ。(もちろんその前に、楽譜を読むための基本的な知識を習得していることが前提。)
初見では、途中でつっかえても止まらない。メトロノームをかけて最後まで弾ききることが目標だ。耳を鍛えることも大事だが、それは初見が終わってからいくらでも出来る。
初見用の練習曲
初見の訓練は、日本ではあまり重点が置かれていないかもしれない。しかし、イギリスではピアノでもヴァイオリンでも”Exam”(「試験」)が普及していて、Examには初見の実技も含まれているため、みんな小さな頃から初見の訓練を積んでいる。
短い曲でいいので、毎日初見用の練習曲を使って訓練する。それは初見の勉強なので、細かく練習する必要はない。2、3回弾いて「おしまい」にしてよい。初見練習には、そんなに時間をかけない。
継続は力なり。初めは全然弾けなくても、1冊終わるころには間違いなくあなたの初見能力はアップしているだろう。
【初級~中級者におススメの初見練習本】
短い曲なのでハードルが低く、しかも美しいので弾いていても楽しいと評判だ。(左:イギリスのアマゾン 右:日本のアマゾン)
具体的なコツ
いきなり弾き出さない!!(←これがとにかく大事。)時間をかけて次のことを確認したい。
- 拍子と調を確認(何拍子で、シャープやフラットがどの音に付く音階なのか?)
- リズムの確認
- フレーズの形や動きを確認
- 音符をまとまり(ブロック)でとらえる
- 変調、臨時記号のチェック
- 弾いている部分より、常にちょっと先を見るようにする
- 強弱やボーイング指示(スタカートなど)を確認
特に、ディスレクシアの人は、音符を「意味のあるまとまり」として捉えることが助けになるような気がする。エラそうに言っているが、霧立もまだまだ修行中だ。
オーケストラに入る
これは霧立が結構鍛えられた方法。特に旋律を担当しないセカンドヴァイオリンは、初見のいい勉強になること間違いなしだ。
オーケストラのいいところは、自分が間違っても止まらないところ。間違えても音楽の「波」に乗りながら、オーケストラと一緒に弾くよい勉強になるのである。
ディスレクシア対策
ディスレクシアの人も、上の基本的なトレーニング方法は同じだと思っている。ただ工夫できることはまだまだある。以下の方法は、音楽とディスレクシアについて書かいているこちらの記事を参考にした。
- よりゆっくりなテンポで弾く
- 楽譜を必要に応じて拡大コピーする
- 五線譜の真ん中の線に色を付ける
- トニックとドミナントの音に2色の色をつける
- リズム部分に色をつけるか下線をひく
- 難しかったら、その小節のリズムの中で一番重要な音だけ弾く
- オーケストラでは初見が得意な人の隣で弾く。
- セカンドヴァイオリンが大変だったら、ファーストヴァイオリンに移る。旋律を弾く方がディスレクシアの人には楽。
自分の状態に合わせて、ハードルの高さを調整してみて欲しい。
初見のメリット
しかし、「なんで初見のためにそんなに努力しなけりゃいけないの?練習して弾けるようになればいいじゃない?」と思う人がいるかもしれない。
しかし、ヴァイオリンが弾けるようになればなる程、初見の重要性は増してくるように思う。
オーディションや試験に不可欠
音楽を専門的にやっていこうと思うなら、オーディションや試験はつきもの。いくら上手に曲を仕上げられても、初見が出来ないとオーディションや試験に合格するのは難しい。
色々な曲にチャレンジできる
初見が早いということは、一つの曲を仕上げるために必要な練習時間の短縮につながる。霧立はそれなりに「難曲」と言われるものも弾いてきた。しかしなにせ初見が大の苦手なために、難曲を仕上げるのには途方もなく時間がかかるのだ。はっきり言ってかなり飽きる…。
さっさと譜読みを終わりにして、はやく音楽的な研究と練習に集中したいものだ。
アンサンブルが楽しめる!
これはかなり大きい楽しみだ。先週、霧立は音楽仲間の家でアンサンブルをやってきた。ヴァイオリン2人、チェロ1人、ピアノ1人のアンサンブル。
イギリス人はみんな初見がすごい上手!2時間くらいで6、7曲やった。細かい部分は気にせずに、とにかく初見で合わせて楽しむ。
霧立はオタオタする場面もあったが、それでも昔よりずっと初見が出来るようになったので楽しめた。アンサンブルは他の人と一緒に音楽を創り、楽しめる。まさに音楽の醍醐味!
このように、別にプロを目指すのでなくても、初見が出来ることのメリットは大きいのである。
ディスレクシアの人へ
「ディスレクシア宣言」
ディスレクシアでも「楽譜は読み書きに比べればまし」という人もいるらしい。しかし、人一倍初見に苦労する霧立みたいな人もいると思う。
そういう人は、まず自分がディスレクシアだということを認め、先生に伝えることが大切だ。それだけでもプレッシャーが下がる。
というのも、霧立は「なぜ自分は初見が下手なのか?」ということに長年悩んでいたし、ある先生には霧立があまりに初見が下手なのでまともにイラつかれた。(彼女は音大生ばかり教えていたので、霧立みたいな出来損ないにはビックリしたのだろう。)
でも、もしその時に自分はディスレクシアだと伝えていたら、先生はもっと別の対応をしてくれたと思う。当時は自分でも気付いていなかったのだ。
「おそらく自分はディスレクシアだ」ということに気付いたら、本当に気が楽になったから不思議なものだ。ただ「初見は苦手」と言うのと、「ディスレクシアだから初見は苦手」と言うのでは、周囲の理解も全然違う。
ムリせずに、自分の状態に合わせて
ディスレクシアは人によって現れ方も、程度差も大きいので、対処の仕方もそれぞれだ。霧立の場合は症状がかなり軽い。
霧立は、自分にハンディがあることを自覚しているので、プレッシャーはない。ただ、初見が出来るメリットを知っているだけに、諦めるつもりもない。
ゆっくり自分のペースで取り組めば、初見力は必ずアップする。自分の混同しやすい音を認識し、その音に色を付けたり、楽譜を拡大コピーしたり取り組み方は色々ある。
しかし、ディスレクシアの程度が強い人は初見にこだわる必要はないと思う。音楽は過度なプレッシャーを感じてやるものではない。楽しむことのほうがずっと大事だからだ。
Related Post