
さんざんヴァイオリン選びの記事は何本(いや何十本?)も書いてきたわたくし霧立灯ですが、今回は珍しく「ピアノ選び」について書こうと思います。特に今回は電子ピアノのあれこれについてです。
イギリスから帰国する際、当然ながらピアノを持って帰るわけにはいかなかったので、本帰国した暁にピアノを再購入することにした。ちなみにピアノを弾くのは、夫・マナブと10歳になる息子・ユウ。二人とも、趣味にしては真剣に弾いている。
「初心者だから電子ピアノ」は本当か?
さて、これからピアノを習い始めるという場合、多くの場合まず悩むのが「電子ピアノか、本物のピアノか?」というところだろう。
電子ピアノは、
・価格が本物のピアノに比べてかなり安い
・調律が要らない(普通のピアノの場合、最低年に1度は必要で、その費用は2万円前後)
・スペースを取らない
・音が近所に迷惑にならない
という利点があるだろう。
ピアノを続けられるか分からない、といった場合に電子ピアノを選ぶ場合が多いし、その理由も分からないではない。それが他のサイトでも言われているアドバイスの王道だ。
霧立もそれに反対しているわけではないのだが、多少意地悪なことを言うと、
「電子ピアノを買った時点で、ピアノが上達しない可能性はかなり上がる」
ということだ。本当に冷や水を浴びせかけるようなヒトですね、ごめんなさい。あ、でもこれはクラシック音楽での話に限ります。ロックとかポップミュージックを弾くのであれば、恐らくそこまで関係ないと思いマス。
では、なぜ電子ピアノでは上達が妨げられるのか?いくつかの理由をあげてみよう。
電子ピアノでは音色の変化が付けられない
電子ピアノでは、多少の強弱はつけられるものの、音色の変化が出せない。音色とは、「やわらかい音」「四角い音」「張りのある音」「キラキラ輝くような音」「丸い音」「甘い音」「伸びやかな音」など、音のキャラクターのようなものだ。
これを表現できないピアノとなると、ピアノ弾きにとっては、これはかなり致命的と言わざるを得ない。
「そんなのどうせ初心者には表現できないでしょ?」と思うかもしれない。確かにピアノを習いたての4歳児が、アルゲリッチのように変幻自在に音色を変えられるわけはない。

しかし、よい指導者がいれば、生徒は「こんなに色々な音のキャラクターがあるんだ!」ということを知ることが出来る。それは「音との出会い」という素晴らしい音楽体験である。そして、良い指導と練習によって子供でも音色の変化は付けられるようになっていく。
音楽の上達は、そういった素晴らしい音楽体験の一つ一つに支えられている。しかし、その醍醐味を経験出来ない電子ピアノは…。
残念ながら、ピアノらしきものではあるが、ピアノではない。インスタントコーヒーが豆から挽くコーヒーとは違うのと同じである。
長続きしない原因の元となる電子ピアノ
「いつまで続けられるか分からないから」という理由で、多くの人が電子ピアノを買う。もっともな理由だ。
しかし、そのような理由で電子ピアノを買ったという時点で、「嫌ならいつでもやめられる」という安易な逃げ場を初めから設定してしまっている可能性がある。
誤解のないように言っておくが、「嫌になったらやめる」というのは、決して、決して悪いことではない。いや、むしろ、習い事をするうえで、いつも覚えておくべき重要なことである。
問題なのは「嫌になったらやめる」というのが「安易な逃げ場」になり得る、という点である。数年の間、毎日真剣に取り組んで、やはりこれは続けるべきではない、と決断するのと、ろくに練習もせずに上達しないからとすぐに諦めるのとでは全然違う。
また、電子ピアノの心理的なネガティブな影響を受けるのは、何も子供だけではない。親の練習に対する態度もいい加減なものにする。そこまで厳しく口出ししない。
「どうぜ電子ピアノだし」
そう思わせてしまう安易さが、良くも悪くも電子ピアノにはあるのだ。
電子ピアノの普及がピアノ離れを加速させる
霧立一家が、ピアノを買いに行って気づいたことがある。それは、ほとんどの楽器店で、一番目に付くように展示されているのは電子ピアノだということである。
「あの…普通のピアノは、どこにあるんですか?」
と聞いて初めて、電子ピアノではない「普通のピアノ」が置いてある別館に通されたことも。
ある楽器店の店員さんから聞いたところによると、日本では1990年代以降ピアノの生産はやせ細り、そのピアノに取って代わったのが電子ピアノだという。現在では、YAMAHA もKAWAIもピアノ部門の生産のメインは電子ピアノだというから驚いた。

日本が世界に誇るピアノの二大メーカー。そこの主力商品がピアノではなく、電子ピアノというのは、なんとも悲哀に満ちた話である。ピンとこない人は、illy(イタリアの老舗のエスプレッソブランド)が、エスプレッソではなくインスタントコーヒーをメインに売り出したら、どんなにショックか想像してみてほしい。

そして、ピアノメーカーが生産の軸足を電子ピアノに移したことで、消費者にとっては買いやすくなったが、その一方で長期的にはピアノの上達を阻み、ピアノ離れを加速させているのだとしたら、何たる皮肉か――。
先日、久しぶりにコンサートに行った。室内楽のコンサートで演奏は素晴らしかった。しかし、いつもそうなのだが、コンサートに行くと観客の平均年齢の高さに不安を覚える。クラシック音楽は、いつか淘汰されてしまうのではないか、と。
ただでさえ縮小しているクラシック業界。本家ピアノ屋さんが本物のピアノよりも電子ピアノをたくさん作って売るのは、自分の首を絞めることになりやしないか?と本気で思ってしまった霧立である。
電子ピアノを持っている人には、げんなりする記事になってしまって、すみません。住宅事情や経済状況から、電子ピアノしか選択肢がない場合があるのも分かります。「上をみりゃきりがないよ」というのも真実です。
誰だって、限られた中で選択をするのです。限られた中で音楽をやるのです。ただ、普通のピアノでも中古で手頃なものもあるし、サイレント機能のついたものもあります。
中古でも、本物のピアノにこだわる価値は十分あると、私は思っています。
下の記事は、100万円でも中古グランドピアノを打ち負かすすごいアップライトピアノのお話です!ご参考なれば幸いです。