男女平等とレディーファーストは両立するのか?
欧米の男性は、女性に礼儀正しく優しい人が多い。レディーファーストで、ついでに言うとロマンチック。なにが女性を喜ばせるのか、よく知っているように思う。
しかし同時に、男女平等(フェミニズム)ははるかに浸透している。女性に優しい文化を「いいなぁ~」と思いつつも、いつも頭の隅に引っかかっていることがあった。それは、男女平等とレディーファーストは両立するのか?という問題である。
男女平等
イギリス社会では、テレサ・メイが首相であることが象徴しているように、日本よりも男女平等が浸透している。2018年の「男女平等ランキング」(世界経済フォーラム)によると、対象国149か国中、イギリスは15位。(ちなみに日本は110位でG7中ダントツで最下位。)
また、その他の日常生活の中でも日本よりずっと性別による差別が少ない。
- 学校では男女名簿は混合。単純にアルファベット順。
- 女子サッカー、ラグビーなどもさかん。
- バスやトラックの運転手も女性多し!
- 女性議員の比率は28.5%
- 父親の育児は当たり前なので「イクメン」という概念すらない。

霧立の友人の一人は、大学時代にラグビーをやっていた。初めに聞いた時はビックリした。
週末に子どもを連れて歩いているのは、ほとんどお父さんたち!昨日は、ベビーカーを押して歩きながら本を読んでいるツワモノのお父さんを発見…。
レディーファーストの国
このように男女平等はかなり社会に浸透しているが、イギリスはレディーファーストの国でもある。
順番を譲る
イギリス人は順番をよく守る。バスの停留所では、整然と列になって並ばずとも、みんな誰が自分より先に並んでいたかをかなり正確に把握している。
しかし、男性は自分が先に待っていたとしても女性に順番を譲る人が多い。もうこれは、小さい頃からそうやって育てられているから、体が勝手にそう動くのか?という気すらする。
順番を譲られて女性はにこやかに”Thank you!”といって、バスに乗り込む。
女性はそのような男性を「紳士的」と見なし尊敬する。男性もそこで「男性としての自尊心」を感じているようで、決して損をしているわけではない。win-winの関係なのだ。
ドアを押さえて女性を先に通す
後から来た人の鼻先でドアがピシャリと閉まらないようにドアを押さえている、というのは男女を問わずイギリスでは習慣になっている。ユウ(8歳)の小学校でもそのように教育されている。
しかし、ドアのこちら側とあちら側で「お見合い」した場合、たいがいの男性がスッと退いて「どうぞ」と女性を先に通す。
また連れの男女がドアを通過する時は、男性が先にドアを開けて女性を先に通すのも習慣。夫婦やカップルに限らず、友達関係でもそうする。
女性が先に歩く
これは「三歩(三尺)下がって歩く」昔ながらの日本の女性とは正反対!イギリスでは、レストランやコンサートホールなど狭い通路を歩く時、女性が先に歩き男性はその後について歩く。
女性は先に歩くが、威張っているわけでは決してない。男性は女性を立てることで、逆にメンツを保っているのだ。
フェミニズム運動の始まり
「フェミニズム」と言っても一枚岩ではなく、いろいろな主張がある。しかし、大きく見れば、歴史的には3つの波があったようだ。
第一波
フランス革命(1789年)が発端。革命で市民が手にしたと思われた権利は男性に限られていたため、女性が声を上げたのが始まり。投票権、参政権、就労の権利や財産権などの法的な権利獲得のための運動。
第二波
20世紀初頭~1970年代に主にアメリカで起こった運動。職場における平等、男子のみに門戸を開かれていた大学への入学許可を求める動きなどが主な争点。
第三波
1970年代以降の運動。しかしこのあたりから多様なフェミニズム思想が混在し、定義が難しくなる。これまでは、白人の中流階級女性の立場からの視点で語られてきたことが、階級、文化、人種、性的指向を超えて議論されるようになった。様々な社会のジェンダー観の改革が叫ばれた。
フェミニズム運動が始まる前も、欧米社会では女性は大切にされてきた。ジェントルマンの歴史を見ても分かるように、それは「弱い者に対する愛と配慮」であったのだろう。しかし、男性は「自分と同等の存在」として女性を見ていたのではなかった。
しかし教育を受ける女性が増え、女性の社会進出が進むにつれ、女性は権利や平等を求めて声を上げ始めた。家で「お人形」のように大切に扱われるだけでは満足出来なくなったのである。仕事で男性と同じことをやっても評価されないならば、不満につながるのは当然だ。
男女平等とレディーファーストは両立するのか?
結論からいえば、それはYes でありNoだろう。「とにかく男女は全てにおいて同じではいとダメ」と考える急進的なフェミニストからしたらレディーファーストなどはアウトだろう。
しかし、「男女が全てにおいて同じでないと平等でない」というのは、しょせん非現実的な考えだ、と霧立は思う。というのも、女性と男性はどう考えても違うからである。
まず、肉体的に違うし、平均的な体格差も明らか。また、性別は一般的に心理にも影響する。
男女は違うからこそ惹かれあう。もしそこに差異がなかったら、何も特別なことはなくなってしまう。
愛されたい女性、尊敬されたい男性
では、具体的にどのように心理面で男女は違うのか?一般的な話だが、女性は愛されたく、男性は尊敬されたい傾向が強いようだ。
だから、男女平等が浸透している欧米でも、未だに多くの女性は男性からひざまずいてプロポーズされることを夢見る。「オレ様系」は欧米では女性からウケないだろう。女性の多くは男性に紳士的なレディーファーストを求めているのだ。
「そんな情けないこと出来るか!オレは男だ!」と思う男性がいるかもしれない。しかし、一見女性に服従しているように見えるが、実は男性はその謙遜によって絶大な尊敬を女性から得ているのである。
いつも威張り散らしている人と、いつも優しく自分を大切にしてくれる人。どちらが本当の尊敬と信頼を集めるかは自明でないだろうか?
レディーファーストは「男尊女尊」
レディーファーストをすると、「男性は損をしている」と考える日本人がいるようだ。しかし、レディーファーストは、決して「女尊男卑」ではない。
男性は女性を立てることで損をしているのではなく、かえって絶大な尊敬と信頼を受けている。このようにレディーファーストはwin-winの関係を作り出す。
日本では昔から女性が男性に仕えることが美徳とされてきた。驚いたことに、現代でも「三歩下がって後ろを歩く女性」を好む日本人男性は多いらしい。
しかし、控えめに後をついて歩いた女性が、それで男性から絶大な尊敬と信頼を勝ち得てきたかというと疑問だ。アメリカの話だが、トランプ大統領が就任当初、メラニア婦人をエスコートせずに、一人でさっさと歩いていってしまって物議をかもしたことがあった。メラニア婦人は、完全にトランプ大統領から「置いてきぼり」で、トランプ大統領からの尊敬の念はみじんも感じられなかった。
ではなぜ、男性がレディーファーストをすると逆説的に尊敬を勝ち得るのか?
それは、強い者が謙遜になる時に尊敬されるという逆説現象が起きるからだ。現代社会では、肉体的にはもちろんだが男性の方が社会的に優位であることがいまだに多い。
忌まわしい習慣だが、例えば、奴隷が主人を立てたからといって主人から尊敬されるだろうか?まさかそんなはずはないだろう。当たり前のことをしたと思われるだけだ。
ついでに言うと、夫を指す言葉として「主人」という日本語がある。主従関係のにじむようなこの呼び名…。
「主人」を立てたからといって、妻が「主人」に尊敬されるとは、やはり考えにくいのである。
「強い男性が女性を立てることで尊敬を勝ち得る」という逆説現象は、残念ながら女性には当てはまらない。
「えー、なんか霧立都合いいぞ~」だって?そんなことナイナイ!
レディーファーストしている男性の顔は、幸せそうなのだ!疑っているあなた、ぜひやってみて欲しい。女性から絶対モテるから!
あ、でもオランダ人の女性にはやらないようにネ。