私たちは誰でも「よいヴァイオリン」が欲しいと思う。でも「よいヴァイオリン」とはどんな楽器だろう??
こんなに当たり前のことなのに、その定義は実は人によって様々であいまいであったりする。そこには客観的な「よいヴァイオリン」と主観的な「よいヴァイオリン」が混在しているからである。
「よいヴァイオリン」とは?
客観的な「よいヴァイオリン」
作りのいいヴァイオリン
多くの専門家は「作りのいいヴァイオリンこそよいヴァイオリン」だと言う。でも演奏家である楽器素人には
「作りがいいって、ナニ?!」
となる。
まずは、前提として工房で作られたハンドクラフト(手工品)であるということ。日本のお店には、大量生産された安価なヴァイオリンが多数出回っている。
「大量生産」といっても車のように工場でベルトコンベアーに乗っかって作られるわけではないのだが、多くの安価なヴァイオリンはスクロール部分(一番上のカタツムリのようにぐるぐるっとなっているところ)などを機械で削っていたりする。
ハンドクラフトでは一切機械を使わない。全ての工程が手作業だ。また、量産品は表板が比較的厚く、起伏も少なめで音が響きにくい。
私も初めはその区別が全然つかなかったが、ハンドクラフトのヴァイオリンをたくさん手に取って観察するうちにやっと少しだけ分かってきた。
でも、それ以外の「作りの良さ」はハッキリ言って楽器素人には分からない…。
でも第一印象というのは結構大事だったりするようで、美しさや風格、オーラを感じさせる楽器というのは、「作りのいい楽器」であることが多いそうだ。
健康なヴァイオリン
これも楽器素人には分かりにくい。しかし、f字孔(表板のf字型の穴)の近くに割れ目がないこと、裏板に割れ目がないことは見るべき重要なポイントだ。音にもろに影響する部分であるからだ。

これは手工芸品の1/4のヴァイオリン。物はいいモノだったとのことだが、右のf字孔下にある大きなクラックのせいで、音はかなり落ちていた。
友人で「グァルネリ」のラベルが貼ってある1700年代のヴァイオリンを持っている人がいる。見た目には、とても美しい楽器だ。しかし彼女自身、
「こんなラベル、どうせウソよ。」
と言っているように、確かに音は全然鳴らない。霧立が以前弾いていた量産品のヴァイオリンのほうがまだいいくらいだ。ラベルの真偽は別として、その楽器、裏板に大きなクラック(割れ目)があったのだ。
f字孔付近と裏板の割れは、致命的なので絶対に避ける。
古くなればなるほど楽器の健康状態には気を付けた方がいい。また100年以上の古い楽器には、割れ目や修理跡があるのは珍しくないが、その修理のされ方が適切であったかも重要だ。
この辺はやはり、ディーラーや修理工の人にしっかり確認したほうがいい。信頼できるお店ならば、そもそも健康状態の悪い楽器は置いていないし、割れ目の音への影響や過去の修理についても把握しているはずだ。
大きな音が遠くまで飛ぶヴァイオリン
「よく鳴る楽器」というのがこれ。霧立が以前使っていたヴァイオリンは量産品のヴァイオリンだった。手工品のヴァイオリンとの違いで一番分かりやすいものはパワーの違いだった。
また、耳元ではパワーが感じられても、10メートル離れたら音が飛んでこないというケースもある。遠くまで音が飛ぶというのも重要な要素である。
4弦のバランスがとれているヴァイオリン
4本の弦の音色(音のコンセプト)や響き方が均一であること。音色は、暗め、明るめ、渋め、透明、柔らかめなどの音の雰囲気を指す。G線からE線までの開放弦を大きなボーイングで一つずつ弾いて比べてみると分かりやすい。
倍音が豊かなヴァイオリン
「倍音」というのは、音の広がりや響きのことである。ある音を弾いたとき、実はその音以外の音が背景で響いている。こればかりは体験しないとよく分からないかもしれないのだが、霧立の場合「バッハの無伴奏ソナタ」を弾いているとしばしば倍音の響きを耳にする。
自分が弾いていない弦の音が共鳴しているように鳴るのである。不思議な現象であるが、それゆえ倍音が豊かなヴァイオリンは魔法のような響きを持っている。
主観的な「よいヴァイオリン」
次に、主観的な「よいヴァイオリン」とは、かんたんに言えば「あなたの好きなヴァイオリン」である。
好きな音色
音の好き好きは本当に主観的である。明るく華やかな音、暗めな音、渋い音、鈴のように澄んだ音、柔らかい音…。人間の声が一人一人違うように、楽器の音も一つ一つ違う。
よく「ドイツの楽器は暗めで、イタリアの楽器は明るい」と言われているが、それは一般的な傾向としてはあるかもしれないけれど、全然それが当てはまらないこともよくあった。
自分がどんな音が好きなのか、それは色々な楽器を弾かないと分からない。初めは自分が持っている楽器と近い音の楽器に初めは惹かれるかもしれないが、違うタイプの音の楽器にも耳を傾けよう。弾いているうちに「好き」と思えるようになってくることもあるからだ。
好きな外見
これは人にもよる。「音さえ良ければ色や外見は関係ない」と言う人もいる。しかし霧立は、ヴァイオリン選びは結婚相手を探すようなものだと考えているので、少しは外見にもこだわる。
ニスは赤っぽいのが好きなのか、黄色がかっているのが好きなのか、裏板は1枚板が好きなのかなどなど。音には関係ないけれど、毎日手に取って弾く楽器だから、見た目も惹かれる楽器を持つに越したことはない。

ニスの色によって、だいぶ雰囲気が変わってくるのが面白い。
霧立はよく自分の楽器を見てホレボレして、練習のあとなどは念入りに磨いてしまう…。ヴァイオリンを眺める時は、製作者のことを考えるひと時。
製作者と趣味が合うというのは、実は大切だなと思う。不思議なことに霧立のヴァイオリンは外見と音のイメージがぴったり一致しているのである。ところどころ濃淡のあるキャラメル色をした霧立のヴァイオリンは、落ち着いた甘い音がするのだ。

霧立が50本以上弾いて選んだ楽器。
さて、顎宛やテールピース(弦を支えていている下の部分)、ペグの種類は後でいくらでも変えられるので、そこは柔軟に。
好きな属性
「属性」というのは、生産国や製作者、年代のことなどをここでは指す。これも人による。全く気にしない人もたまにいる。
しかしイタリアの楽器がどうしても欲しい人、古い楽器が欲しい人、有名な製作者の楽器が欲しい人がいるのもよく分かる。霧立も初めそうだった。そして、そのこだわりは、持っていてもいいと思う。
お金を払うのはあなた。毎日その楽器を手に取って練習するのもあなた。あなたが満足することが一番大事なのである。人の価値観に押されて買ってしまったら、きっとあなたは後悔すると思う。自分の価値観をしっかり持ち続けることはとても大事である。
いつかまた楽器のグレードアップを考えている場合、投資的価値も考慮したほうがいいかもしれない。ハンドクラフトの上質な楽器は、世界中が不況になっても年々値上がりしている。
しかし、生涯そのヴァイオリンを弾いていくつもりなら、投資的価値はあまり考えないことだ。あなたがそのヴァイオリンを売却するのは50年後かもしれないし、はたまたそれはあなたの子孫に受け継がれていくものかもしれない。
大切なのは、あなたが毎日どれだけ楽しんで弾けるかだ。50年後、100年後の投資的価値より、あなたがこれから何十年の間、毎日弾き続ける時の満足度を優先すべきだと私は思う。
優先順位(「こだわり指数」)をはっきりさせる
客観的な「よいヴァイオリン」の要素(つくり、健康状態、豊かな響き)は外せない。購入するのは、まず客観的に「よいヴァイオリン」であり、なおかつ主観的にも「よいヴァイオリン」であって欲しい。
問題なのは、主観的な「よいヴァイオリン」の要素を全部100%満たせる楽器があればいいが、そんな楽器には滅多に出会えない。
そこで、「音」「外見」「属性」の中であなたの「好き」の優先順位(「こだわり指数」←霧立の造語)をはっきりさせよう。(この三つの要素以外にあなたのこだわりがあれば、それも加えて考える。)例えば私は、「音」80%、外見10%、属性10%という「こだわり指数」を持っていた。
そのあなたの「こだわり指数」を軸にして、色々なヴァイオリンを試していくのである。そうでないと、もう頭がぐちゃぐちゃになって路頭に迷うハメになる。
ヴァイオリンの試奏は、簡単にワインテイスティングの様になり得る。何の価値基準も持たないで一度に5本以上弾いてしまうと、何がなんだか分からなくなってまともな判断は出来くなる。
そんな混乱を避けるために、気に入った楽器についてのメモを作成しよう。年代、製作者、価格の情報はもちろんだが、あなたの「こだわり指数」を基にした評価を書くのである。
例えば、
「外見」=★★(「ニスは赤っぽい。裏板にあるシミがちょっと気になる」など。)
「属性」=★(「新しすぎる。〇〇の国の楽器はちょっと…」など。)
という感じである。写真も残せるとなおよい。
本当に気に入った楽器は、ぜひ借りてこよう。日本でそのようなシステムがあるのか分からないのだが(すみません)、イギリスでは2週間は無料で借りられるのが標準。頭を冷やして、色々な場所で試す絶好の機会だ。
いかがでしたか?
あくまでこれは私の経験から考えたことなので、あくまでご参考程度に。次回は、楽器店に行ったときの効果的な試奏の方法について書こうと思う。