
はじめに
高価なバイオリンを持っている人ならば、誰でも自分の楽器が本物なのか気になるところ。あなたの楽器のラベルに、”Stradivarius”と書いてあっても、残念ながら本物である可能性はほとんどない(数億円で買った人は別)。
でも、落胆することはない。ラベルが偽物であったとしても、あなたのヴァイオリンが素晴らしい楽器である可能性はある。
今日は、初心者でも分かるラベルの見方について書いていこうと思う。
偽物ラベルが横行しているという現実

「ラベルを貼り替えるのは、靴を履き替えるのと同じくらい簡単だ。」Kerry Keane (Christies’sオークションハウス)
ラベルをまともに信じてはいけない。なぜなら、ヴァイオリンのラベルほど当てにならないものはないからだ。
だいたい、19世紀頃まで「偽物のラベルを貼ってはいけない」という法律もなかったものだから、あくどいディーラは偽ラベル貼り放題!実際、サクソニーとボヘミアの製作者たちは、「ストラディバリウス」のステッカーを大量に作って、「偽ストラディバリウス」を大量生産してしまった。(ナンテこった…!)
しかし、ストラディバリウスやグァルネリでなくたって、世界中には優れたメーカーがたくさんいる。例えば、イギリスの最も卓越したヴァイオリン製作者の一人、ジョン・ロット(John Lott)は、コピーを作る天才で、ロッカのコピーを作ってロッカのラベルを貼っていた。
ロッカ本人(Joseph Rocca)の制作したヴァイオリンは、2010年のオークションで$269,360(約3,000万円)。もちろんそれには劣るが、ジョン・ロットのヴァイオリンも2016年のオークションで$108,000(約1,200万円)で落札されている。
日本の店頭価格になれば、これの2倍以上には膨れ上がるだろうから、たとえ偽ラベルだったとしても、ロットの楽器を「ニセモノ」(=価値のない物)と一蹴することは出来ないのである。
また、当時は工房の弟子が、師匠の名前のラベルを貼ることもよくあった。別に「だまそう」という魂胆があったわけではなく、それが当時の慣習だったのだ。
偽ラベルから見えてくる情報
では「偽ラベルは全く無意味なのか?」というと、そうでもない。偽ラベルにも、それなりの情報が隠されている。
年代の特定
アメリカで1890年にマッキンリー関税が制定され、輸入品には生産国の表示が義務付けられた。また1914年には”Made in〇〇” との表示が求められ、さらに1921年には、生産国の表示が英語に限定された。
つまり、アメリカ輸出向けに作られた楽器のラベルの表記は、以下のように年代が推定できる。
- 特定の国の記名がなければ、1890年以前に作られた楽器
- “Deutschland” ( “Deutschland”は「ドイツ」のドイツ語表記)だけなら、1890年~1914年以前に制作された楽器。
- “Made in Deutschland”と書かれたラベルなら、1914年~1921年以前に制作された可能性が高い
- “Made in Germany“なら1921年以降
- “Made in West Germany”なら、1949年~1990年の間
- ” Made in Czechoslovakia ” ならチェコスロバキアが分割される前の1918年~1992年の間に制作された楽器 などなど。
もし、製作年月日が全部入っているラベルなら、残念ながらその楽器は手工芸品ではない可能性が極めて高い。なぜなら、工房で作る楽器は工場生産と比べて製作に時間がかかるので、年月日を印刷したラベルなどとても使いきれないのだ。
手工芸品の作者名が入っているラベルの場合、「18✖✖」のように初めの2桁だけ印刷、あとの2桁の数字は手書きで入れられる場合が多い。

紙のトリックを見抜く
1850年代に、漂白の技術が広まった。そして、それはヴァイオリンのラベルを白くするためにも使われた。
漂白された紙は、UVライトの下では光る。もしあなたのヴァイオリンのラベルがUVライトを当てた時に反射して光るようなら、残念ながらオールドヴァイオリンではないはずだ。
また、ラベルの白い部分をよく見てみて欲しい。もし、新聞紙のように小さな丸い穴が開いていたら、残念ながらそれは偽物だという!
鑑定士はラベルは見ない
このようなラベルからの情報を、あなたは多いと思うだろうか?実のところ、鑑定士やプロのディーラーにとって、ラベルはあまり意味がないらしい。
上に挙げたラベルから読み取れる情報も、必ずしもすべての楽器に当てはまるわけではないからだ。それに、ラベルの張替えは日常茶飯事だったので、あなたの楽器のf字孔から見えているラベルがオリジナルとは限らないのだ。
プロが見るのは、ラベルではなく、楽器の作りである。手工芸品だからこそ、工房の伝統、師匠から受け継いだ特徴が際立ってくるのだ。
掘り出し物は海外に?
日本人は、ブランド志向が強い。楽器選びにもそれは当てはまる。目の前にある楽器そのものより、その楽器の生産国、作家名にこだわりがちだ。
だからだろうか、日本の楽器店ではイタリアの楽器が相対的にとても多い。また19世紀後半の楽器でも高級感を出すためにか、「オールド」の名前で売っているお店も多い(定義はハッキリしていないが、「オールド」というのは普通遅くても19世紀前半までに作られた楽器を指す)。
また「ズルいなぁ」と思うのは、よく見ると鑑定書には「〇〇工房の作品」と英語で書かれているのに、日本語では「〇〇の作品」と断定してしまっているケースがあること。
欧米ではそういういい加減な表記は許されない。工房作品と、マエストロ本人の作品では、価格が全然違ってくる。それなのに、日本では工房作品とマエストロ作品の線引きは曖昧で、工房作品もマエストロ作品相当の値段で売りに出されていることもある。(もちろん、正直に線引きしているお店もあるが。)
そういう意味でも、欧米のマーケットの方が、ブランドやラベルに左右されない、掘り出し物や実力派楽器が多い。そして、日本の半値くらいで買えることも少なくない。 全然当てにならないラベルは参考程度にして、楽器自体に向き合って掘り出し物を見つけたいなら、海外でヴァイオリンを買うことはとてもおススメだ。
【参考にした記事】
- An Insider’s Guide to Violin Labels (STRINGS)
- Is My Label Fake? (AMATI)