子供の分数ヴァイオリンや初心者用に高価なヴァイオリンを買うのは、ためらいがある。子供の分数ヴァイオリンは最長でも2年以内にサイズアップが必要になるし、初心者の場合は、いつまで続けられるか分からないからである。
しかし、安くてもいい音のしないヴァイオリンはあまりおススメしない。なぜならいい音の出ない楽器を弾いていても楽しくないし、楽しくないものは長続きしないからである。
このたび、息子ユウ(9歳)に3/4のヴァイオリンを買うことになった。彼はヴァイオリンを始めてやっと1年。まだまだ初心者だ。
ロンドンまで足をのばして探した結果、手頃な値段の掘り出し物を手に入れることが出来た。「高価でなくても、よい楽器は手に入れられるんだ!」と私自身とても驚いた。
今回は、安くてもよい楽器を探している人に向けて、ヴァイオリン選びの体験をレポートしていきたい。
子供・初心者におススメなのが中国製ヴァイオリン
「ヴァイオリンセット」を通販で買わない!
インターネットでよく見かけるのが、ヴァイオリン本体、弓、肩当、松脂、そしてケースまでついてくる”All in One”の「ヴァイオリンセット」。
値段も安いし、インターネットで買えるからラク。でも、これはやめた方がいい。
【理由その①】
楽器というのはパートナーだから。たとえ、それが一生のパートナーでなくても、数年間は毎日付き合う相手だ。
実際に「会う」ことなしに、インターネットでパートナーを決めるほど無謀なことはない!たまに試奏ムービーが見れるサイトもあるが、音色や音の広がりなどは録音では聞き取りずらい。
【理由その②】
楽器本体と弓は相性があるから。例えば、今回ユウの楽器を決めた後に弓を選んだが、£200の弓より£125の弓の方がマッチした。セットで売られている楽器と弓は、相性など検討されずに適当に組み合わされているだけだ。
【理由その③】
工場から出荷された状態のまま売られているため、調整がいい加減だから。よい楽器店では、商品として楽器を出す前に、必ず駒や魂柱の位置、ナットの高さなどを慎重に調整する。
この調整がいい加減だと、どんな名人が弾いたとしても、その楽器の良さを最大限に引き出すことが出来ないのだ。
中国製の手工芸品はコスパ抜群
ヴァイオリンのような弦楽器は、大量生産されるものと、一つの工房で作られるものに大別される。工房で作られる楽器は、その工房のマエストロ独自の哲学に沿って製作されるので、楽器として優れていることが多い。
しかし、手工芸品は当然お値段も張る。短い期間しか使わない子ども用の分数ヴァイオリンに、そこまでお金をかけるのも難しい。
それに、手工芸品といってもしょせん分数ヴァイオリン。どこまでいい音がするのだろうか…?(分数ヴァイオリンは、大人用のフルサイズに比べると、どうしても音色が悪いのだ。)
そんな疑問と期待の入り混じった思いで、ロンドンでいつもお世話になっている楽器店に行った。見せてもらったのは、£1,000以下の3/4のヴァイオリン4丁。
- 1890年頃のドイツ製(£950)
- 1920年頃のドイツ製(£725)
- 1990年頃の中国製(£595)
- 1990年頃の中国製(£450)
値段の高い順に書いたが、結果は…
ダントツに良かったのが、なんと最安値の4!!
次の良かったのが、3。
つまり、通常は「コスパ抜群」の名を博しているドイツ製が、ことごとく中国製に敗北したのだった!!
「新作の中国製はなかなか素晴らしい」とは噂では聞いていたけれど、ここまで優れているとは正直思っていなかった。1と2のドイツ製はちっともいいと思わなかった。それなのに、価格は4の中国製の2倍…。
店主に理由を聞いてみた。
「あなたもよく分かっていると思いますが、楽器の値段というのは、音の良し悪しと完全に一致しません。ドイツ製は、人気のあるヨーロッパの楽器であるということと、それから19世紀後半に作られたという古さで価格を押し上げています。それから、あなたがお選びになった楽器は、最近まで弾きこまれれていたので、他の楽器に比べて鳴りやすくなっていると思います。」
それから、「4の楽器とそっくりな音色のドイツ製楽器がありますよ。ほとんど違いが分からないと思います。価格は5倍ですが。」というので、好奇心の強い霧立は見せてもらうことに。
試奏してみると…。
確かに音色がソックリ。見た目もソックリ。違いが本当にほとんどワカラナイ…。
でも、価格は5倍の£2,500。
ひえぇー!!

一番左が4の中国製(£495)で一番右が£2,500のドイツ製。色も音色も酷似していた。真ん中は3(£595)の中国製。ニスの色によって全然違う雰囲気になるのが面白い。
£495(約7万円)の中国製と£2,500(約35万円)のドイツ製。見た目も音もソックリ。一体どーなってんの、この世界?!
あなただったらどっちを買いますか?!
そりゃ、£495でしょ!断然、チャイニーズ・ヴァイオリン!
しかも1年か長くても2年しか使わない楽器。楽器としての性能が同じなら、年代の古さや生産国のブランドなんて、どうでもいい(と霧立は思う)。
では、具体的にどう良かったのか?
- 音の伸びが断然すぐれている
- 音のバランスがよい
- ふくよかな響きはフルサイズに近いくらい
- 色々な表現が出来る
- 音色がクリア(分数ヴァイオリンにありがちなおもちゃみたいな音がしない)

中国製といってもラベルには”England”の文字が。というのは、イギリスのStentor社が中国でヴァイオリン職人を育てて、手工芸の高品質な楽器を生産出来るラインを整えたからだ。このユウの楽器は、最近まで弾きこまれていたため、同社の他の楽器より数倍「鳴る楽器」に成長していたというオマケが付いていた。
このようにズバ抜けて4の中国製が良かったので、試奏はたったの30分くらいで即決できた。(霧立自身のヴァイオリンを買った時は、何か月もかけて、ロンドンを何度も往復して、死ぬほど大変な思いをした。)
弓選びは必ず楽器本体を選んだ後に
先ほども触れたが、楽器と弓は相性がある。だから両方買う場合は、楽器を先に選ぶように。
£100~£395の間で7本試させてもらった。

弓は、そこそこ価格と性能が比例しているように感じられた。
さて、結論から言うと、「霧立的ベスト3」に残ったのが
- Marco Raposo (ブラジル製£395)
- ドイツ製(£250)
- Dorfler (ドイツ製£125)
1が明らかに良かったが、2と3は大差がなかった。そして、ここが肝心なのだが、購入後に弾くのは私ではなくユウ。
色々なんボーイングテクニックをすでに身に着けている人ならば1の弓を選ぶべきだが、ユウが弾くとどれも一緒に聞こえる…。本人も違いが分からないとのこと。
だったら3のDorflerで十分でしょ!ということで、ヴァイオリン本体も弓も、かなりバーゲンな買い物となった。
ヴァイオリンケース、肩当、ヴァイオリン、弓、すべてしめて£695.95(約10万円)!このお値段で、ここまで本格的な音のでる分数ヴァイオリンが手に入るとは、全然期待していなかった。
ユウもよい音の出る楽器を手にして、やる気も少しアップしたようだ。教える霧立も、キーキーいうおぞましい音を聞かなくて済むのでストレスが減った。
分数ヴァイオリンや初心者用の楽器としては、手工芸品の中国製ヴァイオリンはコスパ抜群でおススメである!
この記事を書くにあたって楽器店のホームページを見ていたら、ユウの中国製ヴァイオリンとそっくりな£2,500のあのドイツ製が売れていた!私たちが一足早かったわけだ。今度は店主は「これとそっくりな音色の中国製のヴァイオリンがあったんですよ。値段は5分の1ですが…」とはさすがに言えなかっただろうな…。