ストラディバリウスが現代のヴァイオリンに「敗北」を喫したという事実
ヴァイオリンを買う上で、まず最初に考えるのが、
「オールドヴァイオリンと新作ヴァイオリンのどちらがいいのか」
ということではないだろうか?
私もそうだった。しかし、私の予算では300年以上の正真オールド(旧作)ヴァイオリンには手が届かない。せいぜい200年くらいのプチオールドやモダン楽器がやっとというところである。
「よい楽器は古い」という先入観があったことと、私はもともと古いものが醸し出す雰囲気が好きだったので、「買うならやっぱり、古いヴァイオリンがいいなあ」と思っていた。
しかし、「プロのヴァイオリニストが目隠しをしてストラテヴァリウスと現代のヴァイオリンを弾き比べた結果、多くの奏者が現代のヴァイオリンを好んだ」という驚愕の実験結果を知り、新作楽器にも目を向けざるを得なくなった。
いくら私が「古いモノ好き」でも、楽器はいい音出してナンボの世界。飾っておくためではなく、弾くために買うのである。
しかしまた、多くの世界一流のヴァイオリニストが使用しているのは、いまだストラディバリウスやグァルネリなどのイタリアン・オールドであるのも事実。
最近ではヒラリー・ハーンが、ストラド&グァルネリではなく、ヴィヨーム( Vuillaume 1864年)を使用していることで話題となったくらいだ。こちらはオールド・イタリアンではなく、モダン・フレンチである。
とにかく、古いものと新しいもの、両方を弾いてみないといけないと思った。何しろ、私がストラドやグァルネリ、ヴィヨームが買えるわけではないのだ(ヒラリー・ハーンがヴィヨームを買ったことで、ヴィヨームの価格はうなぎのぼりなのだ)。
それに実験でストラドを「負かした」という新作の楽器は、絶対超巨匠クラスの楽器だったはずだ。一概にどちらが優れているとは言えない。
100万円の旧作と新作だったら、間違いなく新作だろう。そんな安い旧作は、「ただの古い楽器」というだけで絶対鳴らない。
では500万円の旧作と新作だったらどうだろう?新作としては、まさに超トップクラスの価格だ。自分の予算の中で冷静になって考えなければならない。
自分の予算内の古い楽器と新しい楽器を比べてみることが重要である。
ロンドンでの第一回戦
ということで、まずはロンドンの老舗、J.P.Guivier に行ってみた。
予算から弓の分を差し引いて、250 万円くらいの新作2本、旧作2本を弾いてみた。その中で「決戦」となったのが次の楽器。
<旧作代表> ドイツ VS <新作代表> ポーランド
ドイツ製のヴァイオリンは、私の使っていた楽器がドイツ製だったこともあり、馴染のある渋い音だった。音の深み、落ち着きが優れていた。
対するポーランド製は、何しろ若いだけあってパワーがすごい!!それから音も驚くほど良かったし、レスポンスも優れていた。またオールドフィニッシュだったので2015年製とは思えない古いニュアンスも感じられて好印象だった。
判定
ドイツ製の勝ち!
あれぇー??!!ポーランド製は驚くほど良かったんじゃないの?
でもやっぱりドイツ製のほうが4弦のバランスが優れていたし、音がしっとりしていたのだ。値段で言えばなんとポーランド製はドイツ製の半分以下!
コストパフォーマンスでいえばポーランド製が優れていたことは認める。しかし、楽器を買う場合、予算以内だったら価格の差は考慮に入れないほうがいい、と私は思っている。
ポーランド製が半値で、ドイツ製がポーランド製より2倍優れていたとは言えなかったけれど、それでも、「ポーランド製の方が安いからそっちにしましょう!」とはならない。楽器は一生付き合っていくものなのである。
予算内でベストの楽器を買うことが目的であることを忘れてはならない。
旧作(オールド)ヴァイオリンはなぜ高いのか?
ロンドンでは新作、旧作それぞれのいいところを体験できた。でもなぜ旧作は高いのか?ドイツ製が勝ったとはいえども、コストパフォーマンスの観点からいえばポーランド製の方が優れていたではないか。
まずはじめに確認しておきたいことは、「旧作の全てが高いというわけではない」ということ。「オールドヴァイオリン」という言葉には、ヴァイオリンを弾く者なら誰でも憧れを感ぜずにはいられない響きがある。
しかし、世の中には単に「古いだけのヴァイオリン」も沢山ある。特にヨーロッパで暮らしていると、おばあちゃんの家の屋根裏から出てきました、というような相当古いヴァイオリンを使っている人も、結構よく見かける。(そして音はあまり…。やっぱり「おばあちゃんの音だな」って感じ。)
だから、ここでいう「旧作」(オールド)というのは、単に古いという意味ではなく、製作者の名前が広く知られており、ヴァイオリンの楽器としての性能も優れていることを前提としたい。
では、なぜそのような旧作(オールド)は高いのか?
色々な専門家に聞いたところ、次のようなことが理由らしい。
すでに一定の評価を得ている製作者の楽器数は限られているから
歴史の検証の中で一度高く評価されてきた製作者の楽器の価値は、下がりにくい。そして、その製作者は生存していないので、現存するその製作者の楽器は一定数しかない。そうすると当然だが需要のほうが大きくなり、価格は高騰する。
最近のオークションでは、グァルネリ・デル・ジュスの方がストラドより高値で落札されることも多い。これはグァルネリ・デル・ジュスが40代半ばに死んだため、残された楽器数がストラディバリウスよりはるかに少ないことと関係していると思う。
一方、現代生きている製作者の楽器の評価は、まだまだ定まっていない。現在でも世界中に多数いるヴァイオリン製作者の中で、100年後、200年後に名を残すことになるのは、ほんの一握りだ。そして、それが誰になるのか、現在を生きる私たちにははっきりしない。評価は歴史が下していくものなのだ。
本当に価値のあるオールドヴァイオリンは、なかなか流通しないから
本当に価値のある楽器は、ある家族の中で代々受け継がれていくケースも多い。それが、とうとうその家族の手を離れてマーケットに出されると、それは希少価値ということで値段が上がる。
また世界中が不景気でもヴァイオリンの価格だけはどんどん上がるため、特に超有名な製作者の楽器は投資目的で買われキープされていることもある。
あるディーラーから聞いた話では、ヴァイオリンの価格は毎年平均7%上昇しているとか…。投資王のバフェットさんもビックリな数字ではないか?!全ての楽器がそうだとは思わないが、そりゃ、投資するわな…。
まとめると、
旧作(オールド)楽器は、需要に対して供給数が限られており、流通数が少ないからそれがさらに価格を押し上げている
ということだ。
何十億円もするストラドやグァルネリは、霧立には一生無縁なので、スッポリ頭から抜けていいのだ。ただ、楽器選びをしていく中で必ず出会っていく「旧作」(あるいはモダン楽器)を前にした時に、その価格の背景を知っておくことは重要だ。
霧立自身、わりと有名な200年のプチオールド楽器とあまり知られていない100年のイタリアンで血のにじむような苦悶の選択を最後迫られた。
価格=マーケットが下す価値
最終的な判断を下すとき、マーケットが下す価値と、自分の価値観は区別しておくことはとても大事だと思う。