ジャリ…。
固いものを噛んだ気がした。アサリのパスタを食べているときに、入り混じっていた貝殻の破片を噛んでしまったような感触。
でもその時私が食べていたのはパン。
私が噛んでしまったものは、自分の歯のかけらだった。
ヴァイオリン弾きの悪い癖
ヴァイオリン弾きには、奥歯を欠いてしまうことがよくあるらしいと後で分かった。左上の奥歯だ。知らないうちに奥歯を噛みしめて弾いてしまうために、顎当てに対して一番圧力がかかってしまう左の奥歯がもろくなってしまうのである。
後日歯医者に行って、欠けた場所を埋めてもらった。
それから半年後、歯の定期健診に行ったら、また左上の奥歯が欠けていると言われた。前回とは別の場所で、今回は小さな欠けだから埋めるほどのことではないと言われたが。
これは何とかしないといけないと思った。このままでは奥歯がボロボロになってしまう。
しかも、これは「練習の勲章」というような褒められたシロモノでは全くないのだ。本来力を入れてはいけないところに力が入ってしまっている、悪しき習慣なのだ。
そこで霧立、歯を噛みしめないでヴァイオリンを弾く研究を始めた。
なぜ歯を噛みしめてしまうのか?
まずは、一体なんで歯を噛みしめてしまうのか考えてみた。調べてみると、集中していると無意識のうちに歯を食いしばってしまうということが分かった。
特にヴァイオリンやビオラは、左の頬と肩で楽器を挟んで演奏するスタイルが多いので、どうしても左顎に圧力がかかりやすいとのこと。
なお、奥歯を噛みしみた時の平均圧力は50~70キロだと言われている。これを何十年も毎日やっていれば、そりゃ奥歯も欠けるわな、と納得。
顎関節症に発展する恐れ
あまりに噛みしめてしまうために、顎関節症(あごかんせつしょう)になる人も多いとか。顎関節症の代表的な症状は、
顎が痛む、口が開かない、顎を動かすと音がするの3つです。そのため、硬い食べ物が噛めない、大きな食べ物が食べにくい、また、あごの音が煩わしいなどの症状が現れることがあります。
え…それって私じゃん…。
今回リサーチしていて、初めて自分が顎関節症であることを知った。霧立は小さいな頃から左顎だけ骨の関節をポキポキ鳴らせるのだ。友達に聞いても誰もそんな音は出ないという。不思議だなぁと思いながらも、痛みがあるわけでもないから放っておいた。
音がするのは、顎内部の関節円板がずれていたり、顎の骨が変形しているためだそう。音だけで痛みがない場合は、手術をするほどのことではないと言われている。
しかし、口が開けられなくなる、痛みが出る、頭痛や肩こりが生じるなど深刻なケースに発展することもあるようだ。
霧立の場合そこまで深刻ではないが、左顎の関節は鳴るわ、左奥歯が欠けるわ、相当長きにわたって左顎を酷使してきたことが分かった。
噛みしめることが音楽にもたらす弊害
奥歯を噛みしめてしまうのは歯にも体にも悪いのだが、演奏にも悪い影響をもたらすことが分かった。力みをとる演奏方法の指導者として有名なカトー・ハバシュ氏はこのように言っている。
歯を噛みしめたとたんに、(筋肉が)緊張します。特に首の後ろが。そしてある一部分が固くなると、瞬く間に広がる野火のように力みは全身に広がり、ひどいことになります。
力みはどんな楽器の奏者にとっても、大敵だ。「力を抜きなさい」というのは、どこででも聞かれる。初心者だけではない、これは全てのレベルの演奏者にとって常にチャレンジされていることだと思う。なぜなら、おかしなところに力が入っていると、よい演奏にならないからだ。
しかし「力を抜きなさい」というだけでは不十分だ。そんなこと、誰だって分かっている。力みたい人などいない。問題なのは、どうやって力を抜くのか、多くの人が分かっていないということだ。
ではどうすればいいのか?具体的な力の抜き方のアプローチこそが必要だ。
噛みしめないためには?
「ポカン口奏法」
では噛みしめないためにはどうすればいいのか?(と書きながらも、クセで左顎の関節をポキポキならしてしまう霧立…。)
霧立の尊敬しているギドン・クレーメルというヴァイオリニストは、口をぽかんと開けて演奏することで有名だ。あのプレー・スタイルを「みっともない」と嫌う人もいる。確かに、だらりと口を開けて弾くのは格好良くない。事実、クレーメルはヴァイオリンを弾いていない時のほうがよっぽど知的でカッコよく見える。
しかし、あの「ポカン口」のおかげでクレーメルは「奥歯を噛みしめること」からは確実に解放されている。口だけではない、体全体の余分な力が一切入っていないことがよく分かる。そしてクレーメルの音楽は天才的だ。
クレーメルの演奏法をちょっと見てみてほしい。(曲はバッハのシャコンヌの一部より。)
ね?すごいでしょ?口も音楽も…。
普段私たちは気に留めていないが、口の周りというのは結構力んでいるものだ。仰向けになって口の周りの筋肉をリラックスさせると、体全体がリラックスすることに驚くはずだ。「口を開けて弾くのは、体全体をリラックスさせるため」とクレーメル自身も言っているそうだ。
ならば、クレーメルに倣えばいいではないか!恰好なんて気にするな。巨匠ギドン・クレーメルになったつもりで「ポカン口」で練習するのである。
ちょっと注意したいのは、「ポカン口奏法」は、完全に口を開けることではないということ。そんなことをしたらヴァイオリンは弾けない。大事なのは、上下の顎の間に隙間を作ることだ。うっすら開いているだけでそれで充分。
やってみるとお分かりいただけると思うが、初めは気が付くとすぐに口に力が入ってしまう。また、慣れていないので上手く弾けなくなってしまうのでフラストレーションもたまる。
しかし、しばらくの間はとにかく「ポカン口奏法」に集中したほうがいい。全身の力を取ることは、小手先のテクニックで弾けるようになるより長い目で見て重要だ。
顎を押し付けない
「ポカン口奏法」で重要なのは、顎を顎当てに押し付けないということだ。「ポカン口奏法」の大御所クレーメルは、時々顎を浮かしているのか?という程頭を上にあげている。特にpやppで弾くところなどだ。
ポジション移動の時、ビブラートをかける時は、ある程度顎でヴァイオリンを支える必要があると思うが、同じ姿勢で始終弾くのは力む原因の一つでもある。
赤ちゃんを抱いてあやすように
ヴァイオリンを「生き物」のように感じることはないだろうか?「ヴァイオリンで音楽を弾く」でなく「ヴァイオリンに歌わせる」あるいは「ヴァイオリンと一緒に歌う」という意識で弾くと、ヴァイオリンを扱う方法が変わってくるような気がする。
ぎゅっと握りしめたり、顎で挟み込むのでなく、赤ちゃんを抱いてあやすように楽器に歌わせる。そうすると、自然と頭の角度を変えたり、左腕の高さを時に変えることになり、それが力みを取ることにつながるように思う。これはカトー・ハヴァシュ氏からヒントを得たことだ。
霧立は「ポカン口奏法」を意識しだして、少しは噛みしめがなくなってきた。しかしまだまだ完全ではない。しかも、慣れないゆえ、ちゃんと弾けないというフラストレーションもある。でも、基本が大事。気長に取り組んでいこうと思っている。
前述のカトー・ハヴァシュ氏は、力みを取る演奏方法を詳しく書いている。下の2冊の著書は大いに参考になった。『「あがり」を克服する』も、結局は力みを取ることと共通しており、演奏技術の向上にもそれは直結していることを示してくれている。とてもおススメだ。
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