あなたがヴァイオリンの弓をオークションで買うことを考えているなら、この記事はいくばくかの助けになるかもしれない。というのも、わたくし霧立灯も最近ロンドンのオークションに参加したからだ。
オークションハウスに行って、何本かの弓で試奏した話を以前書いた。
今日は、霧立が実際にオークションに参加して、競り負けてしまった体験を書こうと思う。
フレンチボウを巡ってオークションで競り負けた原因
私が入札しようと思った弓
私が入札しようと思ったのは、Victor Fetique(ヴィクトル・フェティーク) が1925年に製作したフランス製の弓。
華やかな音が出せて、音が立つ(音の芯がしっかり出る)。またスピカートも弾きやすく、音量も出せる優秀な弓だった。
オークションに出品されている楽器としては、保存状態も抜群。唯一気になったのは、E線でちょっと雑音が出るように感じたこと。
事前の予想落札価格は、£5,000‐7,000(約75万円~105万円)というものだった。これなら私の予算でも手が出る、と思ってオークションで入札してみることにした。
入札方法
入札方法は、実際にオークション会場で入札する以外にも、オンラインや電話、事前入札などができる。
今回のオークションは平日の午後2時からだった。私はその日は忙しかったので、事前に「不在入札」という方法を選び登録した。
不在入札
不在入札とは、オークション前日までに「最高入札額」をオークションハウスに伝え、オークションハウスが代理で入札する方法だ。(くわしくはこちら。)
オークションハウスは、最低入札価格からスタートし、競争者の入札に応じて徐々に入札価格を上げていく。必要以上に入札価格を吊り上げるようなことはしないので安心だ。
例えば、あなたが最高入札価格を£5,000に指定し、競争がほとんどない場合、それより安く落札できる可能性もある。しかし、競争者の入札によって£5,000以上になった場合、あなたは落札のチャンスを失うというわけだ。
オンラインで登録し確認のメールも来るので、コミュニケーションの行き違いもなく、簡単で安心だ。
指値するときの注意
落札価格に税金が24%上乗せされることを忘れてはならない。大きな金額になると、この24%はなかなか侮れない金額になるので要注意。
また、落札できたが楽器の郵送を依頼したい場合は、送料も少しは頭に入れておいた方がいい。配送方法は民間の一般宅配業者(DHL)と、楽器専門の輸送業者から選べる。
一般の宅配業者は送料は安い分、保険料が高い。楽器専門の輸送業者は自社の車で丁寧に輸送してくれる分、送料は高いが、その分破損の可能性が低くなるので保険は安い。
例えば、楽器が£7,000の場合、専門業者の配送のほうがトータルでは安い計算になった(£120ほど)。
オークションの結果

世界中からバイヤーたちが集まるロンドンのオークション。
このFetiqueの弓は結局、£9,000で落札された。予想落札価格をはるかに上回る値段だった。
霧立の指定した最高入札額は、£5,200。
あれ?なんでそんなへっぴりな入札金額にしたのかって?だって予算は£10,000って言ってなかった?と思う読者もいるかもしれない。
この煮え切らない入札金額の理由は…
ズバリ、もう一本、気になる弓があったから!
前回ロンドンに行ったとき、帰りぎわに出会ってしまったあのドイツの弓…。
ニューンベルガーさん…。

「ふーむ…。なかかなよく出来たね。よろしい。」出来栄えをチェックするニューンベルガー爺。
この弓はオークションではなく、ロンドンのお店に売っていた。そう、£3,500で…。マナブが「じゃあ、両方買っちゃえば?」と言った、あの弓である。
初めは「えー、いきなり2本もいっぺんに弓買うの?」と乗り気でなかったのだが、時間がたつにつれ「それもありかな…」と思うようになってきたのだ。特にフランス製の弓は投資価値も抜群だし!
入札指定した£5,200というのは税金や配送料を入れると約£6,500(約100万円)になる。ニューンベルガーを買ったらちょうど2本できっかり予算の£10,000(約150万円)、という計算なのだ。
しかし、結果的に£5,200ではとても落札できる弓ではなかった。ロンドンの店頭では£16,000(約240万円)で売っている弓である。
当たり前といえば当たり前である。「競り負けた」というより、「箸にも棒にもひかっからなかった」というレベルの話だった…。
オークションの敗因
最大の反省点は、ちゃんと納得いくまで試奏できていなかったという点。
そもそも、今回ロンドンにはウィーンフィルのコンサートで行っただけ。弓選びのためではなかった。
そのため、試奏した時間も短時間で、しかも霧立は一人で行動していたのでマナブ(夫)の意見を聞けなかった。また最終的に気に入ったフェティークとニューンベルガーを並べて比較出来なかったことが痛恨の極みだった。
ヴァイオリンは弾く部屋が違えば、全く違った響きになる。楽器を買う時は、同じ部屋で試奏して比べる、というのは鉄則。
それなりに高価な楽器を買おうとしているなら、試奏にしっかり時間をとって、人にも聞いてもらって納得する1本を選ばなければならない。今回、私はそれが全然できていなかった。

試奏!試奏!試奏しないで入札するほど精神衛生上悪いものはない。それに「へっぴり入札」にしかならないよ!
そういうこともあって、今回はフェティークを入札することさえ及び腰だった。落札したいような、したくないような感じ。
だからオークションの結果を知っても、あまりガッカリしなかった。というか、納得いくまで試奏していたとしても、£9,000は出せなかったしネ…。
オークションで学んだこと
オークションでの予想落札価格というのは、楽器の保存状態によってかなり左右されることが今回よく分かった。
参考として、霧立が試した他の弓の落札結果を記しておく。(カッコ内は事前の予想落札価格。)
- Joseph Arthur Vigneron (£5,000‐7,000)→£8,500
- Peccatte 工房 (£2,000‐3,000)→£2,000
- Emile Francois Ouchard (£1,800‐2500)→£2,000
ビネロンは、フェティークと同様に保存状態が良かった。鑑定書付き、有名なフランス製、保存状態良好となれば値段は跳ね上がる、ということが分かった。
しかし、個人的にはこのビネロンの弓にはそこまで感心しなかった。同時に弾き比べなかったが、£3,500のニューンベルガーの方が明らかに良かった。
だから£8,500(税込みで£10,000以上)の性能があったかというと疑問である。フランスの有名製作家の弓は、やはり「ブランド」としての付加価値が加わっているということも、改めて体験した。
結果論だが、ペカット工房の弓は「お買い得」だったなという印象。試奏したとき、とてもいい感触だった。しかし、やはり保存状態があまり良くなかったことが落札価格に影響したと思われる。
オーチャードは、優れたフランスの弓製作家。しかし、この弓は霧立には期待外れだったし、保存状態もあまり良くなかった。だから落札価格が想定の範囲内だったというのも「さもありなん」といった感じだった。
そうそう、有名なDoddの弓を試奏する機会が最近あったのだが、この弓は驚くほど平凡だった。ちなみにお値段は£8,000。た、高い…。
もちろん、同じ作者のものでも弓によってクオリティーは様々だ。だからこそ、製作家の名前や生産国に惑わされることなく、自分の感覚を研ぎ澄まして選びたいと思わされた。
オークションで入札すること自体は、思ったより全然難しくない。この記事が、オークションで楽器の購入を考えている人のお役に立てたならば幸いだ。