英国NHS事情ースーツケース持参で入院したら一晩で帰された話
マナブ(夫)が、過労からイギリスで入院するハメに。日本とは全く違ったイギリスの医療制度と治療方針に驚いた。今回はNHSを使ってイギリスで入院した時の様子を書こうと思う。
NHSとは?
NHS(National Health Service)とは、イギリス政府によって運営されている国民医療サービス。所得に関わらず、公平な医療サービスを提供するために1948年に設立された。
イギリスに住んでいれば誰でも無料でNHSのサービスが受けられる。イングランドでは処方された薬代は自費とのことだが、スコットランドでは無料!
しかし、財政がひっぱくした政府のもと、2015年よりEUと一部の国以外の国籍を持つ外国人はビザ申請時にNHSの登録料を支払わなければいけなくなった(一人あたり年間£200)。ガーン…。(くわしくはこちら。)
これまでずっとNHSの無料医療サービスの恩恵に慣れてしまった霧立家。来年ビザの延長を申請する時には、ビザ申請代(めちゃくちゃ高い)に加えてNHS登録料年間£600(9万円)を払わなければならない。これは相当痛い。
NHSの他にプライベート(私立)の病院もある。こちらは全て自費診療。留学生などで、
「じゃ自分は個人の保険に加入して、現地ではプライベート(私立)の病院行くわ」
と考える人もいるかもしれない。しかしそれでもNHSに登録しないといけないので要注意!
また、歯の治療はカバーされないが、NHSと提携しているデンタルクリニックなら6カ月ごとに無料検診をしてくれる。結果的に虫歯になる心配はあまりない。子どもは歯の治療も無料。
霧立は奥歯が欠けたことがあって、無料定期検診の時についでに埋めてもらった。出費は£30(4500円位)で済んだ。
NHSの評判
「医療費無料」はすごいと思うが、地域によってサービスの質にばらつきがある。まず、NHSのサービスを受けるには、地元のGP(General Practitioner=かかりつけの医者)に登録しないといけない。これが都会だと、受け入れられる人数が膨れ上がっていて、新規登録が拒否されることがよくある。
また首尾よく登録できたとしても、肝心の診察してもらいたい時に予約がなかなか取れないと聞く。
「風邪ひいたから診察の予約をしたら、2週間後の予約しか取れなかった…」
とロンドンあたりの住人からよく聞く笑えない話だ。
霧立一家が住むのは、スコットランド。しかも街の中心からちょっと離れた場所。これはなかなかいい!GPの登録もスムースだったし、具合が悪ければすぐに診てもらえる。イングランドと違って処方薬もタダ。
「抗生剤は耐性がついてしまうから」との理由で、風邪をひいたくらいでは抗生物質の処方はしてくれないのが唯一の不満くらいで、これまでNHSのサービスにはかなり満足していた。
NHSで入院!!
数日前、マナブ(夫)が緊急入院という事態に!!最近忙しく、風邪をこじらせて扁桃周囲炎になってしまったのだ。あまりの喉の痛さに、食べ物はもちろん水もほとんど飲めない、唾も呑み込めない事態に。
GPに診てもらったら、すぐに救急病院に入院しなさいということで紹介状を渡された。
実は以前日本にいたときも、マナブは疲れが溜まっていた時期にこれにかかり、5日間ほど入院したことがあった。霧立は急いで入院の準備をした。途中でお見舞いには行くとしても、下着や着替えなどは4,5日分あらかじめ用意しておこうと思った。万が一のことも考えて。
バスタオル、洗顔タオル、それから入院中も仕事が出来るようにノートパソコンと資料…。鬼嫁のように思われるかもしれないが、マナブはここ四年間、博士論文に取り組んで来て、提出期限があと一か月後に迫っていた。病気になんかなっているヒマはない!というくらい猛烈に忙しい日々を送っていたのだ。
(しばらく点滴治療したら、3日目くらいからはラクになるはず。ベットの上で出来るだろう。)
と思った。
バッグには入りきらなかったのでスーツケースに入れて、急いで隣町まで車を走らせた。
野蛮な治療
入院といっても手続きなどない。NHSの無料医療サービスの一環だからだ。
(ツラそうだったけど、ここまでくればきっと大丈夫。)
医師にマナブを託して帰宅した。
が。
後で聞いた話によると、壮絶な治療を受けたらしい…。
扁桃周囲炎で膿が溜まっていたところをメスで切開したらしいのだが、ほとんど麻酔なし。シューシューっと軽くガス麻酔を口の中に吹きかけただけ。
「そんなに気持ちのいいものではないと思いますよ~。虫歯になったら歯を抜きますよね?それと同じですよ。」
切開直前に医師は明るく言ったそうだ。
(虫歯を抜く時と同じ?なのにほとんど麻酔なし?え…それってどういうこと…?)
とマナブが混乱しているうちに、医師は長いメスで、容赦なく、ザクザク膿を切開し始めたという。その晩、
「人生で一番痛い思いをした。余りの痛みに気絶しそうになった…。」
と滅多なことで弱音を吐かないマナブから携帯にメッセージが入り、霧立は涙が出た。と、同時にそんな野蛮な治療をする病院側に腹が立った。
歯を抜くときは、注射で麻酔かけるでしょー!!!ローマ時代か!!
一晩で退院命令
結局、その後は点滴を受け、扁桃周囲炎の痛みはウソのように引いていったという。ただ、痛み止めが切れるとメスで切開した部分が痛むので、痛み止めは常用しなければならなかった。
それでも翌朝には食事がとれるようになった。すると、なんと
「もう退院していいですよ~。」
と言われたらしい。
入院してからまだ24時間経ってないんですけど…。下着まだ5セットあるんですけど…。

病院でもらって帰ってきた大量の薬。ペニシリン、腫れ止め、痛み止め等々。
驚いてその日の午後迎えに行ったら、直前まで最後の点滴をしていたマナブが大量の薬を抱えてスーツケースを引きながら弱々しく出てきた。
ミニマム医療のNHS
結局こういうことだ。
NHSは無料で誰にでも医療サービスを提供するために、コストは出来る限り削減したい。必然的に治療はミニマムになるというわけだ。
入院は中でも大きなコストがかかる部分。食事がとれるなら、薬出すからあとは自宅療養してね、ということだ。日本だったら同じ扁桃周囲炎で5日間の入院だったのにこちらでは一晩。
出産入院が日本では平均一週間なのに対して、海外では1日というのは割と知っている人も多いと思う。日本は治療が手厚いということなのか?
これを機に少し調べてみた。
平均入院日数 | 対GDP比率 | 医者比率 | 病床数 | 平均寿命 | |
日本 | 29.1 | 11.2 | 2.2 | 13.7 | 83 |
UK | 7 | 9.75 | 2.7 | 3.3 | 81.5 |
ドイツ | 9 | 11.27 | 3.6 | 8.2 | 71 |
USA | 6.1 | 17.21 | 2.4 | 3 | 70 |
*「対GDP比率」はGDPに対する医療費の割合 。「医者比率」および「病床数」は1,000人あたりの数
NHS(2015-2017年)、WHO(2010年)の統計より
まず目を引くのは、突出した日本の平均入院日数である。断トツワールドNo. 1!!
それに比べてUKは7日。特にスコットランドはイギリス国内でも最短の4.7日。世界一入院日数が長い国から、世界でも最短に限りなく近いスコットランドに引っ越してしまったのである。
また、日本は病床数でもぶっちぎりのワールドNo.1! イギリス、アメリカは世界平均以下。どうりでさっさと退院を迫られるわけだ。
日本の感覚で、しっかり入院するつもりでスーツケース持参で行ってしまったが、霧立一家、相当「勘違いなヒトタチ」だったに違いない…。
両極端の日本とイギリス
それにしても日本の平均入院日数には驚かされた。日本にいた頃には何の疑いも持たなかった霧立だが、ここまで世界標準から突出していると、「何かおかしいんじゃないの?」という気になってくる。色々調べたら、医療の報酬制度が一因しているのではないか?と思った。
出来高払いの日本
日本は出来高払い。診療を終えた後に支払い金額が決まる。病院(医師)側は治療行為に対して必ずその報酬を受け取るし、患者側も少ない負担でその医療行為を受けられるため、双方にコスト意識が薄れる可能性がある。そのため過剰診療になりやすい構造になっているという。やたらと薬を大量に処方された経験をお持ちの人もいるのではないか?
おまけに日本は病床数でも世界一。「どうぞ、どうぞゆるりと滞在していってください~」という条件がそろっているではないか!
人頭報酬のイギリス
イギリスでとられている人頭報酬システムとは、NHSに登録されている人数分の診療報酬が前払いで病院(医師)側に支払われるシステムである。そのため、何人の患者を実際に診たかは報酬に関係しない。そのため、日本とは逆に過小診療につながるリスクがある。病床数も少ないし、入院患者を一日でも早く退院させたい理由が透けて見えてくるような気が…。
まとめ
マナブはまだ自宅療養中だ。日本なら明日退院というところか。
今回はこの入院騒動から、日本とイギリスの医療制度の違いを多少知ることが出来た。日本は、入院日数が異常に長いわりに、GDP比の医療費も割と低く抑えられているし、案外効率的な医療サービスになっているのかなと思った。(一体、なぜなんだろう??)
対するイギリスは、本当に何から何までミニマリスト!! 「医療サービスを全ての居住者に無料で提供する」というコンセプトからしたら、ミニマリストになるのもそりゃ分かります、となる。
でもNHSの登録料がかかるようになると、その旨味も当然減る。しかもあのゾッとするような野蛮な治療…。
イギリスに住んでいる方々。くれぐれも扁桃周囲炎にならないようにお気を付けくださいませ!
Ella the Shiba Monster さんからコメントを頂いたのですが、コメント欄が閉め切っていたので「お問い合わせ」経由で届きました。ご本人から「コメント欄へ移動できませんか?」というご要望があったので、コメント欄をオープンにし、こちらに移動させていただきました。
以下、頂いたコメントになります。
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日本もイギリスも医療保険制度が安くて羨ましいです。ここアメリカは、どうにかしてよ!ってくらい医療費は高いし、保険制度は難解で患者としてもプロバイダーとしても理解不能。旦那が雇用主を変えるたびに、保険が悪化していく。。。それでもまだ悪い方ではないんだと思う。
アメリカは、どんなに手術しても、具合悪くなっても、すぐに病院を追い出される。で、アメリカ人は、病院にいるより早く家に帰って家でゆっくりしたいって思っている。だから、日本みたいに長い間入院させられたら叫びたくなると思う。病院の食事はまずいし。うちの旦那も結構入院する方だけれど、すぐ帰ってきてくれるから、家族の負担も少なくて済むし。。
私が小学校の時に開胸手術で日本で、1ヶ月以上入院したけれど、アメリカだったら一週間くらいで帰されたんだろうなあ。なんせ、手術前に1週間入院なんて、アメリカじゃ前代未聞。私は入院生活が気に入って、1週間退院を伸ばしてもらったほど。ぬいぐるみのために、毛布をもう一枚欲しいって、看護師さんに頼んだら、その分お金かかるよって言われたけど、きっと大した金額じゃなかったんだろうなあ。アメリカの入院部屋料一泊だけでも、5スターホテルに一泊できるくらいのお金がかかる。
旦那が日本で入院した時には、いったいいくらかかるんだろうって私たちビクビクした。なんせ、国民健康保険を持ってないからね。でも、5日間くらい入院して、アメリカで入院した場合の、1日分にもならないくらいの金額を請求されただけ。(アメリカで入院した場合は、保険がカバーしてくれるから、大金払わないけど。)治療の仕方も日本とアメリカでは違ったよ。病状を見ながら投薬しましょうというのが日本。症状を徹底的にアタックするために、大量の投薬から始めましょうがアメリカ。持病のための入院だったので、旦那もアメリカ流に治療してくれと日本の医者に頼んで、治療してもらったよ。じゃないと、ただでさえ短い日本滞在、入院のために延長って羽目になったかもしれないから。
-Ella the Shiba Monster
Ella the Shiba Monster さん
いつもブログを読んで下さり、コメントを書いて下さりどうもありがとうございます!
確かにアメリカに留学する時、医療費がすごく高いと聞きました。1年しかいなかったので、病院のお世話になることもなく助かったのですが。しかし、日本での5日間の入院費がアメリカの1日分に満たない、というのは相当ですね!
保険料もすごく高いみたいですね。
イギリスはこれまでNHSの登録料は無料でしたが、これからはビザを申請するときに一人一年£300くらいかかります。日本に比べたらまだ安いのかもしれません。でも、予約も2週間、3週間待ちはざらなので、有料になるならサービスも上げてもらいたいと思ってしまいます。(これまではタダだから我慢していました。)イギリス人は今後も無料です。
お金がないと病院にも行かれないというのは、問題だと個人的に思います。社会福祉の充実は、国家の懐の深さを示すものではないでしょうか?
霧立灯