借りてきたヴァイオリンの試奏ポイント5つ
気になった楽器を楽器店から借りてこられたら、ぜひ5つのポイントを意識しながら試奏してみよう!
まずは楽器本来の「生の音」を知る
ヒラリー・ハーンは色々なところで演奏する人だが、その中でも” Tiny Desk Concerts”というシリーズの録音は、彼女のヴァイオリンの「生の音」(その楽器本来の特性)がよく分かって興味深い。コンサートホールでの録音と比べてみると、その音の違いに驚くはずだ。面白いからちょっと聴いてみてほしい。(同じBachのPartita#3-Gigaの録音探し出した! でかした霧立!)
試奏する場所は、1本目の録音のような「生の音」がよく分かるところが理想的。
具体的には、
① 部屋の大きさが、大きすぎず、小さすぎないこと。
部屋が大きすぎたり天井が高すぎると音が響きすぎて、本来その楽器が持っている個性が聞き取りにくくなる。また響きすぎると、楽器の粗も隠されてしまう。反対に小さすぎると響きがカットされすぎて、雑音が多くなる。
② カーペットがある部屋は、試奏に適している。
フローリングだとやはり音が響きすぎて、楽器本来の特性が聞き取りにくい。
重要なのは、残響が長すぎず、短すぎない環境条件の場所を選ぶこと。そして他の楽器と比べる時はいつも同じ部屋、同じ場所で弾くこと。
広い場所で弾く
楽器本来の「生の音」がよく分かったら、次は広いところで弾いてみよう。音が遠くまでちゃんと飛ぶかのテストである。
大ホールでソリストとして弾く奏者ならもちろん、大ホールでの試奏は欠かせない。ホールの一番後ろの席まで届く性能の楽器でないといけない。霧立は大ホールでソリストとして弾くことは一生ないので、これはやらなかった。
そのかわりオーケストラや室内楽で弾くことが多いので、いつもの練習に持っていってテストした。音が大きすぎてもアンサンブルを乱す。ソリスト向きの楽器とオーケストラ奏者向きの楽器というのは確かにあるのである。
しかし大事なのは、音のボリュームばかりではない。音量はハッキリ言って弦の種類を選べばある程度変えられる。もっと大事なのはより「音が通るか」ということである。” ppp ” でも音がかすれずにきれいに遠くまで通るか。試奏の際にはこのことをぜひテストしておきたい。
いろいろな曲を弾いて、問題点を発見する
気に入った楽器をお店から借りてこられたら、出来るだけ色々な曲を弾こう。ハイポジションでも音がきれいに出るかも確認したいところ。
霧立は、楽器店で簡単な曲を弾いたらとても良かったけれど、家で重音の多い曲を弾いたら全然弾けなかった、とか長時間弾いていたら疲れる楽器だった、ということがあった。
手工品の楽器は、ネックの長さ、太さなどが若干個別に違っている。ナットの高さなど購入後比較的簡単に直せる部分もある。霧立は実際ナットをほんのちょっと削ってもらっただけで、ずっと弦が抑えやすくなって重音が楽に弾けるようになった経験をした。0.5ミリも削っていない。驚きである。(ヴァイオリン本体の大きさが問題な場合は残念ながら直せないが。)
また音色や響きをお手軽に変えるには、楽器についているアクセサリー(顎宛、テールピース、弦など)の素材を変えてみることだ。
中でも顎宛は簡単に変えられる。透明感のあるシャープな音色ならローズウッド、温かく柔らかい音色が好きなら柘植(Boxwood)がおすすめ。

ローズウッドの顎当てがついているヴァイオリン。

こちらは顎当て部分が柘植(ボックスウッド)。キャラメル色。
テールピースは自分で交換するのは魂柱が倒れるなどの可能性があるので、やめた方がいい。実は霧立は自分でやってしまって(!)、岡田さん(昔のオケ友でヴァイオリン製作者)にビビられた。幸い魂柱は倒れなかったのだが、無知とは本当に恐ろしいことである。
弦の種類もバラエティーに富んでいる。出したい音色をこのチャートから選んで色々試してみよう。
もっと抜本的な音色の調整は、駒と魂柱で可能。これはかなり劇的に楽器が変わる。(自分では絶対いじっちゃダメ!)
あなたが感じている問題が調節可能な範囲の問題なのかどうか、後日お店に戻って相談してみることが大事。
他の楽器店に行ってセカンドオニピニオンをもらう
気に入った楽器を借りてきている期間は、実は楽器のプロにその楽器のセカンドオピニオンをもらう絶好のチャンスだ。
音色や弾きやすさは自分で試して分かる。しかし「作りの良さ」や「健康状態」(くわしくはこちら)などはプロのディーラーや修理工にしか本当には分からない世界だ。
他の楽器店の楽器にやたらと難癖をつけるディラーではなく、信頼できるディーラーか全く第三者の楽器店に行ってみるとよいアドバイスがもらえるかもしれない。
いくらヴァイオリンを弾くのが上手な人でも楽器の作りについては素人だ。必ず楽器の専門家に聞こう。
性能のよいレコーダーで自分の演奏を録音する
これは霧立がやればよかったと後悔していることだ。いくら他の人に弾いてもらっても、弾き方が自分とは違う。自分が弾いてどう聞こえるのかが切実に聞きたかった。
スマホの録音機能は使ったが、「音の伝わり方」までは録音しきれない。同じ音色でも、レーザーのように直接正面から飛んでくる音なのか、それとも全体的に包み込まれるように聞こえる音なのか。音の伝わり方も重要だ。
細かいけれど、こういった自分で弾いて耳元で聞いていても分からないレベルのことはある。高性能のレコーダーならそれもキャッチ出来たのではないかと思っている。ヴァイオリン購入予算に比べればとても安いし、本当に買えばよかった…。
また録音するときは、同じ部屋の同じ立ち位置で弾くことを忘れずに!
総合的な判断
判断を助けるポイント
借りてきたからには、その楽器をお店に返すのか、買うのかの決断をしなければならない。「よいヴァイオリン」の要素を思い出して総合的に判断する。(くわしくは、「よいヴァイオリン」とは?)
まずは「客観的な要素」を出来るだけ満たしているヴァイオリンを選びたい。「主観的な要素」はそのあとプラスアルファで考えていくと、混乱がある程度避けられるのではないかと思う。
心から満足出来ると思ったら購入すればいい。もちろん、予算はある。だからその予算の範囲内で手に入る最高の楽器を追求する。もしわだかまりが残るようだったら、待ってみるのも手だ。
私・霧立灯の場合
霧立は最後の判断がとても難しかった。2本のヴァイオリンの間で死ぬほど揺れた。これについてはまたいつか書いてみたいが、最終的に「何のためにヴァイオリンを買いたいのか?」という原点に戻った。
「もっと上手に弾けるようになりたい」というのが私の最も強い思いだった。だから、心を鬼にして「客観的な要素」でわずかに上回っていた方のヴァイオリンに決めた。頭で決めた。
でも、心はもう1本のヴァイオリンのほうにあった。だから買った後も実はしばらく心が晴れなかった。
(これでよかったのか…?)
と自問する日々が続いた。でも、今のヴァイオリンを選んだからには、私は絶対に上達したい、いやしなければならない、という強い気持ちがその不安定な心をねじ伏せた。
今のヴァイオリンを選んで後悔するのは、私がその情熱を失った時だ。逆説的だが、愛したヴァイオリンを選ばなかったことが私を日々練習に駆り立てる。
それでも購入から4カ月たった今、私が愛したヴァイオリンも売れてしまったことが分かって、私は自分の手元にある「超優秀」な楽器を愛し始めている。
いかがでしたか?
バイオリン選びは難しい!というのが分かっていただけたのではないでしょうか。本当に一筋縄ではないんです。ハッキリ言ってかなりストレスフルです…。神経使います。試奏した日はどっと疲れます。決断する時には心が疲弊します。感情的になります。生活が回らなくなります。
だからこそ、もし購入を考えている人がいたら少しでも参考になればと思っています。ヴァイオリン弾きの方々が「自分にとっての最高の楽器」に出会えますように。