
先日、日本からわざわざロンドンにヴァイオリンを買いに来た読者さん(立花さん)のことを書いた(くわしくはこちら)。そうしたら、「す、すごい世界…」「高級車が買えちゃいますね」「うちの子、(習う)楽器替えさせようかな…」というコメントを頂いた。
確かに、知らない人にとっては高校生が何百万とか1千万円以上の楽器を使うなんて、ちょっと考えられない世界。 「なぜ、そこまで高価な楽器を買わなければならないのか?」。たぶん、それはごく自然でまっとうな疑問。
だから、今日はその疑問に答えるつもりで、書いていきたい。
プロ目指すなら、よい楽器は必要不可欠
まず第一に、このクラスの楽器は…プロを目指すのでない限り「必要」ではない。ご安心を!でも、プロを目指すのならば、よい楽器はやはり必須なのだ。
音量、音色、表現力、バランスなどで、やはり各段に差が出てきてしまうのだ。これは、テクニックではカバーしきれない部分なのだ。
分かりやすいところで言えば、安価なヴァイオリンは、まず音量が小さい。そうすると強弱がつけにくいし、大きなホールなどでは音が客席まで伸びづらく、インパクトに欠ける。
ましてや、オーケストラとの共演などままならない。ソリストの楽器は、時に100人近いオーケストラの音を凌駕するものでなければならないのだ。
車に例えて言うなら、フェラーリに出来ることとカローラに出来ることは全然違うのと同じ。カーレースに出るなら、それなりのスポーツカーでないとお話にならない。でも、箱根までドライブするなら、カローラで十分楽しめるというわけだ。

実は、お金は何も失っていない
あとは…、高価な楽器を買っても実は何もお金を失っていない、という隠れた事情もある。ヴァイオリンは、ピアノや他の楽器と違って、価値が下がらない、いや、上がり続ける珍しい楽器と言える。
高級車を買ったら、1年後にはその価値はかなり下がっていることだろう。10年、20年たったらほとんど資産価値はゼロ。しかし、ヴァイオリンの場合、20年たったら物によっては2倍3倍になっているものもある。
だから、高価なヴァイオリンを買った場合、ハッキリ言って何もお金を失っていないと言ってもいい。むしろ、「確実な投資」と言っていいと思う。世の中がどんなに不況であろうとも、ヴァイオリンの価値だけは上がり続けてきた。
ただし、価格が上昇するのは、手工芸品の良質の楽器に限る(最低でも200万円以上)。また、致命的な破損を被った場合も、残念ながら価値はかなり減ってしまう。
「金持ちの道楽」とは程遠い世界
中には、「高価な楽器なんて金持ちの道楽だ」と思う人もいるかもしれない。しかし、私は全くそう思わない。この世界がどれだけ厳しいものだか、分かっているからだ。
まず、ヴァイオリンのような楽器の場合、プロを目指すようになる人たちは3歳、4歳から習い始める。そして、1年365日、無休で練習するのだ。かなりブラック…。
小学生高学年ともなれば、コンクールのプレッシャーにもさらされる。他の子どもが遊んでいる中、毎日数時間の練習もザラだ。私の姉も毎年夏はコンクールに出ていた。夏休みなどなく、朝から晩までピアノ漬けだった。

音楽の道に進みたいと思っているような子どもがつく先生は、たいがい鬼のようにオソロシイ。「街の音楽教室の先生」とはまったく別の人種と思っていい。それがいいとは全く私は思わないが、人格を否定するような暴言を吐かれることもしばしば。そばで見ている親は泣きたくなるという。
立花さんの音高に通うお嬢さんも、相当練習している。なんと、毎朝5時に起きて学校へ行き、学校が始まるまでまずは3時間練習するというのだ。音高だから学校でも音楽の勉強をし、それでまた放課後自主練習をするのだ。
これは、彼女に限ったことではないという。みんな、そうやって切磋琢磨しているのだ。プロとして生きていきたいならば、そこまでやらないとダメな世界なのだ。
だから、私は立花さんがお嬢さんの楽器の予算を聞いた時、特に驚かなかったし、「贅沢」とも思わなかったのだ。彼女は、それに値する努力を幼い時から払っている。お金持ちが道楽でフェラーリを買うのとは、全然意味が違うのだ。
うちの子には必要…?
さて、冒頭の質問に戻ろう。「高いヴァイオリンは必要なのか?」。
初めにも述べたように、「必要か」と言われれば、プロを目指すのでない限り必要ではない。でも、いい楽器を持っていると、上達が早いということは確かなのである。
いい音が出れば練習はずっと楽しくなるし、不思議なことに上質な楽器の方が弾くのが簡単なことが多いのだ。だから、別に音楽の道に進まずともいい楽器を使う意味は十分ある。
でも、何百万円、何千万円も使う必要はない。ましてや、分数バイオリンはどうせいい音がしないので、どうせお金を使うならフルサイズに買い替える時がおススメだ。