ヴァイオリンの弓選びをしている人にとって、「フランス製の弓を買う」というのは憧れだと思う。わたくし霧立灯にとってもそうだった。
今回、一応予算内で素晴らしいフランス製の弓とイギリス製の弓に出会ったのだが、なぜ私がイギリス製の弓をあえて選んだのかについて今日は書いていきたい。
私がフレンチボウでなく、イギリス製の弓、Doddを選んだ理由
最終的に絞り込んだ2本の弓
私がロンドンの楽器店で初日に7本弾いてみて、翌日2本にまで絞り込んだ弓は、Joseph Voirin(仏)とJames Dodd(英)。
それぞれの特徴と魅力について、まずはご紹介したい。
Joseph Voirin
1880年頃製作。£8,000(約120万円)。
日本語表記だと「ヴァラン」。兄のFrançois Nicolas Voirin はとても有名な弓製作者。兄の作品は弟ジョセフの1.5~2倍の値が付く。日本だと300万円は下らないはずだ。
あの有名なラミー(A. Lamy)がヴァランのレプリカを作って、「ヴァラン」の刻印で売っていたものも少なくないという。ヴァランやラミーの弓は、「魔法の弓」と呼ばれるほどそのバランスが優れ、「羽のように軽い」と定評がある(弦楽器ストラッド)。
実際に私が試したヴァランは58gだったが、手に持つと本当に羽のように軽い。しかし、弾いていると力まなくてもしっかりした豊かな音が出るのが驚きだった。
私の体験した中でヴァランの特徴をあげると…
- 音がとても優雅で明るい
- ボーイングを返したときの滑らかさが秀でている
- 音が伸びやか
- すぐに反応してくれるので、巧みな表現がしやすい
という素晴らしさがあった。
私はこれまでフレンチボウを何本も試してきたが、フランス製というだけでこれといって感心させられるものは少なかった。唯一、ヴィクター・フェティークは結構良かったのでオークションで入札したことが過去にある(落とせなかったが!)。
フレンチボウを巡ってオークションで競り負けた原因
しかし、このヴァランは、そのフェティークよりもさらに良かった。つまり、私が出会ったフレンチボウの中で一番素晴らしかった。

上から順に、霧立の弓、ドッド、ヴァラン、そしてニューンベルガーのゴールドマウント。
James Dodd
1850年頃製作。£6000(約90万円)。
日本語表記だと「ドッド」。John Doddはイギリスの弓製作の元祖で「イギリスのトルテ」と呼ばれるほど、優れた弓を世に送り出した。(「トルテ」は「弓のストラディバリウス」と言われているフランス人の弓製作者。)
ドッドとタブス(Tubbs)は、イギリスの弓製作史においてもっとも重要な2大ファミリーである。ジョンの甥であるジェイムズ・ドッドのこの弓は、他のフランスのお歴々の弓と比べても優れていた。
- 音色が先ほどのヴァランとそっくりで華やか。ほとんど違いが聞き取れないほど
- 曲を弾くとD線の音が、若干ヴァランより…色っぽい。不思議な魅力
- 62.2gなので、ダブルストップ(重音)を弾くときに弓の重みを利用して弾きやすい
- グリップが鯨のヒゲ(イミテーション)で、指にしっくり馴染む感じ
- ヴァランより重いので、表現するにはちょっとした工夫が必要
どういう基準でドッドを選んだのか?

James Doddーフロッグ部分のパールアイは通常より大き目で、角度を変えると碧色に見えるのが気に入っている。 また、木目も一見虎柄でシック。八角形のスティックも150年以上昔の物とは思えないくらいきれいな状態。
ヴァランとドッドの弓の値段差は£2,000(約30万円)。しかし、どちらも予算以内だったので、そこまで価格は考慮しなかった。では、どういう基準でドッドにしたのか?
前回のブログ記事でも触れたが、霧立が今回弓に求めたものは、
- もう少し華やかさが欲しい
- 緊張しても震えが伝わりにくい弓が欲しい
というポイントだった。
1の「華やかさ」という点は、どちらの弓でもクリアしていた。また音色、腰の強さ、健康状態、弦への吸い付きなどの基本ポイントも、どちらも十分満たしていた。
次に、2の「震えの伝わらない弓」だが、これは重さで4g以上重いドッドの方が効果的だと考えた。何といっても、ヴァランは「羽のように軽い」のである。

鳥の羽のように軽いヴァランの弓。
その軽さゆえ、思いのままにニュアンスをつけられるヴァランの弓は本当に「魔法の弓」みたいだった。ヴァランの弓は、弾く者の心の中の思いを瞬時に音に伝達する力を持っている。
(恐ろしい…)と思った。
どんなシチュエーションでも力を抜いて堂々と演奏できる人にとっては、まさに「魔法の杖」。でも、今の私にはまだムリ…としり込みしてしまったのだ。
私はもっと音楽を人と分かち合いたいと思っている。だから、力みがそこまで音に伝わらず、なおかつ音色もコントロールできるギリギリの重さの弓が必要だった。
62.2gというのは、許容できるギリギリの重さだった。
自分の「弱点」をカバーしてくれるのは、私にとってはドッドの弓だったのである。世の中の一般的な価値判断に流されず、「自分にとっての真価」を見抜く冷静さはとても大切だ。
「この弓が最後」と思わないこと
これまでの私だったら、こんな選び方をしたら購入後もわだかまりをかかえていただろう。
(あの素晴らしい「魔法の杖」にしたほうが良かったんじゃないか??憧れのフランス製だし、しかもヴァランなのに…)
と。未練がゼロだと言ったらウソになるが、「やっぱり今の自分にはドッドが必要だった」と思える。
弓もステップアップしていくもの
なぜかというと、「楽器や弓は自分の技術や課題とともにステップアップしていくものなのだ」ということが、遅まきながらようやく分かったからだ。人前でもリラックスして弾けるようになったら、次の課題を解決してくれるような弓に買い替えていけばいいのだ。
弓は複数本持っていると便利!
また、弓は複数本持っていても便利。1本で全てのニーズを満たしてくれる弓などない。プロの演奏家は必ず数本持っていて、弾く曲やコンサートホールによって弓を使い分ける(霧立はプロじゃないけどネ…)。
これには資金が必要になるので、そう簡単にはいかないかもしれない。しかし、弓はヴァイオリン本体ほどは高くない。
弓は素晴らしい投資対象!
また、弓は投資対象としても実は素晴らしい。
- 高価な弓は長期的に見れば確実に値段が上がる
- 金の延べ棒と違って、実際に使えるという「実利」が素晴らしい
- ヴァイオリンより金額的に投資しやすい
- ヴァイオリンより保管にスペースをとらない
実際、私の友人でも「老後の蓄えよ」といって、良い弓を5本くらい弓を持っている人がいる。
だから、「これが最後の弓」と思わなくていいのだ。あなたが演奏者として抱える課題は、あなたが進化をしていれば段階的に変化していくはず。それに合わせて弓も変えていくのだ。
そう考えた時、私は今回購入したドッドが今の自分に最も必要な弓だと思えた。憧れの「魔法の弓」を自在に操れるようになるまで、まだまだ修行は続く。
趣味の世界でここまで徹底して道具を吟味するって幸せなことだと思います。小さな時からバイオリンを始めて続けて今もなお楽しめるっていいなあ。私にはそこまでこだわりのある趣味はありません。ピアノは長く続けたけれど、ピアノのない環境になってもう20年近くたちます。部活で6年頑張ったクラリネットも箱に入ったまま。霧立さんがこういう趣味を持っていて素敵だと思います。
エラちゃんおやつ欲しいなあれ(?)様
ありがとうございます。
アマチュアなのに、こんなに高価な楽器を選べること自体、とてつもなく恵まれていると思います。
母の遺産でこんなに上質な楽器を買うことがなかったら、私もここまでのめり込まなかったかなとも思います。
本当に上等な楽器のパワーって、すごいんですよ…。
人の心をつかんで離さない、ちょっと魔性じみたところがあります。
このブログは「お金がなくても豊かに暮らす」がモットーで、知らない人がヴァイオリンの記事を読まれたら、「霧立って結局お金あるんじゃん!」って思われるかもしれません。
でも、音楽以外は、すごーく質素に暮らしいているんですよ。
趣味は、究極の人生の宝。
仕事でもなく、付き合いのためでもなく、純粋に好きなこと、熱中できること。
小さな頃からやってなくても、趣味って人生の途中で出会うことはあると思います。
エラさんも、そういうものに出会うかもしれませんよ!
霧立灯
おめでとうございます。
長い弓選びの旅も、途中停車ですね。
ソリストの様な方でも、ずっとより良いものを探し続けているのだろうなあ、と想像します。
向上心を失う時が旅の終わりなのでしょうね。そういう意味では、ずっと探し続けていたいものです。
KenKenさま
ありがとうございます。
「向上心を失う時が旅の終わり」。
本当にそうなのかもしれませんね。
よい楽器を買うまでは、私、ムラのある練習の仕方でした。
でも、今は「この曲はいつまでに終わらせたい」と目標を決め、基礎練習や練習曲に割く時間も増えました。
お互い、楽器に育ててもらって、もっともっと上達したいですね。
KenKenさんとは同じ時期に楽器探しが出来て、楽しかったです。
今後もたまにブログに立ち寄って下さいね。
霧立灯
バロック弓を探していて、Doddと入力したところ行き着きました。
1年間4万円の弓で練習してきましたが、この間 大瀬国隆 氏制作の弓を使った所、楽器が底なりするような感じがして震えました(DとGが全然違う)。
「重いほうが先1/3での暴れが少なくなる」というのも実感し、この記事の内容にはとても共感できました。
「いつか自分もさらに上のクラスの弓に値する腕前になるぞ!」と意気込みを新たにしました。
余生風 思芸亭さま
メッセージをどうもありがとうございました。
バロックの弓をお探しだったのですか!
私も興味あります。
値段もそこまで高くないし、いつか買いたいなあと思っています!
弓に求めるものは、本当に上達とともに変わってきます。
お互い、常に向上心、探求の心を持ち続けて行きましょう!
霧立灯